444 内乱勃発(4)
凡そ千三百年前、遷都王ナルスによって王都がバロード西北部のバロンに移って以来、ヤナンは荒れ放題の状態となっていた。
正に廃都である。
それが、カルボン卿の謀叛を手助けしたガイ族によって水路が引かれ、再び人が住める状態となった。
その後、カルボン卿の失脚によってガイ族が去ると、王政復古によってバロンに居場所を失くした兵士や市民が流入するようになった。
ヤナンの乱が起きる前には、かつて王都であった頃のような殷賑には程遠いながらも、それなりに活気のある街になっていた。
尤も、市内全域に人が住んでいた訳ではなく、倒壊した建物がそのまま放置され、雑草が生い茂っているような場所も、まだまだ残っている。
内乱によって大怪我をしたカルス王が匿われているという場所へ、ウルスラとピリカを案内するバドリヌが向かったのも、崩れた建物の痕跡が風雨に晒されたままの一角であった。
ボロボロに風化した石柱を通り過ぎ、かつては大きな家の外壁であったらしい石垣の裏に廻ると、バドリヌは「ここ」と地面を指差した。
目の部分以外は黒尽くめの布で覆われているため、表情まではわからない。
ウルスラは「え?」と首を傾げたが、ピリカが何かに気づいた。
「王女、見てごらんなさい。あそこの四角い部分だけ、草が生えていないわ」
ピリカの言うとおり、雑草が伸び放題となっている地面に、不自然に草がない正方形の部分がある。
バドリヌがその傍に行き、屈んで掌でドンドンドンと三回叩いた。
音の反響から、中が空洞なのがわかる。
と、正方形の中心に縦に線が走り、一瞬で左右に分かれて開いた。
「この、穴から、降りる」
バドリヌに言われて、恐る恐るウルスラが覗き込むと、穴の縁に固定された縄梯子が遥か下まで続いており、その先に砂山のようなものが薄暗がりの中に見えている。
見かけは大人になっても、心は十一歳の少女に過ぎないウルスラは、ブルッと身震いした。
「入っても、大丈夫なの?」
怯えたように聞くウルスラに、バドリヌは「大丈夫、だ」と頷いた。
「われらが、ヤナンに、住んで、いる頃、この場所に、全然、気が、つかなかった。恐らく、ここに、住んでいた、者たちが、厳重に、結界を、張って、いたの、だろう。今は、誰も、いない。われら、日光に、弱いため、隠れ家、として、重宝、している」
ピリカが一つ深呼吸して「行きましょう」と促したが、ウルスラは「ちょっと待って」と止めて、バドリヌに尋ねた。
「あの砂山まで降りるのね?」
「そうだ。縄梯子、ゆっくり、降りれば、大丈夫、だ。先に、降りる」
ウルスラは首を振った。
「時間が惜しいわ。一刻も早く父上の許に、ピリカ姉さまをお連れしないと。二人ともわたしの手に掴まってちょうだい」
差し出された両手を、まずピリカが「わかったわ」と握り、バドリヌも遠慮がちに掴んだ。
「行くわよ!」
三人の身体が光に包まれ、フッと消えた。
直後、地下の砂山の上にポッと光る点が現れ、光の球体となってみるみる膨らみ、パチンと割れると、三人が出て来た。
「三人一緒の跳躍で、大変じゃなかった?」
心配して聞くピリカに、ウルスラは小さく首を振った。
「ゾイアの身体になってから、魔道の力も強くなっているみたい。さあ、急ぎましょう!」
バドリヌが先に立って砂山を慣れた足取りで駆け下り、ウルスラとピリカは急ぎながらも、砂がサラサラと崩れるためやや慎重に足を運んだ。
砂山は大きな円形の広間の中央にあり、その周囲に幾つもの扉がある。
どれも同じに見えるのだが、バドリヌは迷わずその一つを開いた。
が、中は真っ暗である。
砂山の上から射し込んでいる日光も、ここまでは届かないようだ。
バドリヌが振り返った。
「われらは、夜目が、利く。だが、おまえたち、見えぬ。松明、用意するから、少し、待て」
どこかへ行こうとするバドリヌの腕を、ウルスラが押さえた。
「その必要はないわ。出でよ、鬼火!」
ウルスラの突き出した人差し指に火が灯り、すぐに指を離れると、フワフワと漂って、開かれた扉の方へ進んで行く。
その明かりで長い廊下が見えた。
「成程。では、行こう」
バドリヌを先頭に、三人は廊下を小走りに進んだ。
このような状況下ではあったが、時々ウルスラとピリカは、この地下の建物の立派さに目を瞠った。
「古代の神殿のようね」
「わたしもこの街に住んでいて、地下にこんな大きな建物があるなんて知らなかったわ」
二人に先行していたバドリヌが、廊下の突き当りで止まった。
「王さま、この中」
バドリヌがサッと部屋の扉を開けた瞬間、息苦しい程の血の臭いがした。
思わず足が竦むウルスラより先に、こういう現場に慣れているピリカがサッと室内に入った。
小さなランプが灯されているが、薄暗い。
それほど広い部屋ではなく、奥の寝台がすぐに見えた。
その上に横たわっているカルス王らしい人物が、掠れた声で聞いた。
「……バドリヌ、か?」
意を決したように、ピリカは前に進み出た。
ベッドに向かって手を翳しつつ、キッパリとした声で名乗る。
「いいえ、違いますわ。このヤナンで、病気になった人や怪我をした人の治療をしている者で、ピリカと申します。カルス陛下もよくご存じの、霊癒族のリリルの娘でございます」




