442 内乱勃発(2)
ゾイアたちがバロードの内乱に対応すべく会議をしている頃、ピリカの部屋に連れて行かれたウルスラは、悲しみのためかゾイアの身体の変身能力が発動し、大人の女性の体格になっていた。
ピリカの服を身に纏ったウルスラは、鏡に映った自分の姿に亡き母の面影を重ねて涙する。
その時、ピリカの部屋の窓を叩く者がおり、ピリカが開けると、それはガイ族の少年ハンゼであった。
「怪我した、王さま、匿って、いる。ピリカ、先生に、診て、欲しいと、母者が、言ってる」
「何ですって!」と叫んだのは、ウルスラである。
「父上は、父上は、ご無事なのね? お願い、わたしを父上のところへ連れて行って!」
そのまま窓から飛び出しそうなウルスラを、ピリカが「落ち着いて、王女」と宥め、ウルスラの勢いに怯えているハンゼにも、微笑みながら応えた。
「わかりました。支度をしてすぐに行くわ。カルス陛下はお近くなの?」
ハンゼは左右を見回し、囁くような声で告げた。
「ヤナンに、いる」
「まあ、そうなのね」
ピリカは振り返って、動揺が治まらない様子のウルスラを優しく抱きしめた。
「王女、大丈夫よ。わたしがついているわ。一緒に行きましょう」
ウルスラは嗚咽して言葉にならず、黙って何度も頷いた。
その背中を撫でながら、ピリカは諭すようにこう言った。
「今のうちに、うんとお泣きなさい。でも、お父さまの前では笑顔を見せるの。重い病気や大きな怪我をしている家族のお見舞いをする時には、辛い想いをさせていると感じさせては駄目よ。いいわね?」
ウルスラはコクンと頷くと、声を上げて泣いた。
「そろそろ、ピリカさんの家に戻った方がよくねえべか?」
頭上をフワフワと飛んでいるシャンロウに言われて、意地になって市内の巡回を続けているロックは、また苛立った。
「るっせえんだよ! こういう時こそ、市民の安全を護るのが、おいらたちの仕事なんだよ!」
「でも、ヤナンの乱の前後から市民は外に避難してて、市内には殆ど残ってねえだよ」
正鵠を衝かれて、ロックは返事に困った。
「その、なんだ、だからこそ、だよ。ええと、ほら、この間みたいに、蛮族が入り込む、とかさ。或いは、空き家にコソ泥が入る、とかさ。色々な危険があるんだよ」
「それは、自分の経験から想像してるだかね?」
暗に、元コソ泥だからそう思うのだろうと言われたロックは、忽ち激昂した。
「おい、太っちょ! もう勘弁ならねえ! ここに降りて来い!」
言い様、ロックは馬上で腰の剣を抜き放つ。
が、当然のことながら、シャンロウは逆に高度を上げた。
「やだよ。おら、喧嘩は嫌いだあ」
ロックは、尚も罵詈を浴びせようと口を開きかけたが、突然、抜いたままの剣を後ろに振るった。
カツンと、金属同士がぶつかる音がし、何かがグサリと地面に突き刺さる。
刀子であった。
ロックは、刀子が飛んで来た方向に向かって叫んだ。
「何しやがる! 義勇軍の副大将、ロックさまと知っててやってんのか!」
頭上のシャンロウが「副大将って、初耳だべ」と呟くのは無視した。
と、前方の空間がユラリと揺れ、黒尽くめの服装の人間が現れた。
顔も、目の部分以外は黒い布で覆っている。
「ここから、先に、入るな。もし、これ以上、近づくなら、容赦せぬ」
その妙な抑揚の声は、女の声のようであった。
ロックは鼻で笑った。
「おめえは例のガイ族の女だな。ええと、バドリヌだったっけ? なんとも怪しいぜ。来るなと言われて、はいそうですか、って帰れるかよ。ここは、おいらの剣捌きを見せてやるしかねえな。さあ、かかって来やがれ!」
「馬鹿な、やつ。こちらが、一人と、思うたか」
バドリヌが片手を挙げると、ユラリ、ユラリと、次々に黒尽くめの人影が出て来た。
凡そ十名はいる。
ロックは舌打ちし、頭上のシャンロウに声を掛けた。
「おい、太っちょ! 加勢しろ!」
「喧嘩は嫌いだって、言ってるべ」
「喧嘩じゃねえよ! ああ、もう、いい! おいら一人でやってやらあ!」
決死の形相で剣を構えるロックに、ガイ族たちとは反対側から声が掛かった。
「やめて、ロック! この人たちは味方よ!」
一方、ゾイアたちの話し合いの場には、別室で控えていた若い兵士が呼ばれていた。
話し合いの結果を、バロード人であるタロスから伝えるためである。
「軍を率いる将軍が必要との件だが、ゾイアどのが不在のため、わたしタロスと、元北方警備軍のツイムどのとで務めさせていただく。また、参謀として元参与のクジュケどのに、外交顧問としてゲルヌ皇子にも加わっていただくことにした。そして、全軍の総大将は、世継ぎの王子、ウルス殿下である。その旨、至急戻って伝えてくれ」
若い兵士は感激に目を潤ませ、「ははあああーっ!」と深く一礼すると、その足で階下に走って行った。
皆が、さあこれからのことを相談しようという空気になったが、空中に浮かんだままのクジュケが不満を述べた。
「どう考えても、ゲルヌ皇子が参謀で、わたくしが外交顧問でしょうに」
ウルスの姿のゾイアが苦笑した。
「それはわかっている。だが、他国の、それも、現在対立関係にあるガルマニア帝国の皇子が参謀では、バロード国内の世論が納得せぬだろう」
言われたゲルヌは何か考えていたようだったが、「そのことだが」と口を開いた。
「今回の内乱だが、どう考えても裏で操っているのはドーラであろう。と、なると、余の母国ガルマニアの動きにも注意する必要があると思う」
ゲルヌのその懸念は、半ば当たっていた。




