440 逆転(28)
その日の朝、事あるごとに元鬼軍曹のトニトルスといがみ合うロックを心配し、兄貴分のツイムが市内の見廻りに連れ出した。
勿論、昨夜ゲルヌ皇子が提案した、ゾイア、タロス、ウルスラの三人を元の状態に戻すという、難しい相談の邪魔にならないようにという配慮でもある。
そのゲルヌ皇子から皆の安全を護るよう命じられているシャンロウは、外出する二人について来たが、必要ないと言うロックと揉めてしまう。
うんざりしながらそれを聞いていたツイムの表情が一変し、緊張が走った。
「二人とも静かにしろ! 伝令の早馬が来るぞ。何かあったようだ」
若い兵士が真っ直ぐこちらに向かって駆けて来た。
「義勇軍のお方とお見受けした! 至急、ゾイア将軍にお取次ぎ願いたい!」
「如何にも義勇軍の者である! 取次ぐ前に、用件を伺いたい!」
「王都バロンにて内乱が勃発し、聖王カルス陛下が重傷を負われました!」
横から「そんな馬鹿な話があるかよ!」と大声で割り込んで来るロックを片手で制し、ツイムは声を落とした。
「カルス陛下は、先日幽閉から解放されたばかりだというのに、なんとお気の毒なことだ。それで、内乱を起こしたのは、やはり蛮族か?」
兵士も更に声を低めた。
「はい。実は、昨日、愛妾レナさまがご出産され、お子さまはレウス王子と命名されました。久々の王子誕生に祝賀の宴の準備が進められたのですが、その事前会議の席上、レナさまの祖父で蛮族の長老であるレオンが、とんでもないことを主張したのです」
「とんでもないこと?」
「ええ。カルス陛下はバロードの聖王であられるのと同時に、蛮族の帝王も兼ねておられます。よって、その跡継ぎは蛮族の血を引く者でなければならない、というのです。つまり、カルス陛下の王位継承権第一位は、レウス王子であるべきだと。それだけなら、孫可愛さの戯言で済みますが、レオンは、その場で譲位を迫ったのです」
「それはあり得ん。たとえ譲位が必要な事態となっても、順当なら王妃の子であるウルス王子、能力を考慮するなら庶兄のニノフ王子であろう。生まれたばかりの赤ん坊が王になるなど、傀儡政権にする意図が丸見えではないか」
「そのとおりです。陛下は激怒され、レオンを国外追放するよう命じました。ところが、近くに潜んでいた蛮族たちが一斉に陛下に斬り掛かり、重傷を負われました。秘書官のラクトス閣下らが必死で血路を開き、何とか陛下を聖王宮の外へお連れしました。場所は言えませぬが、某所にて身を隠しておられます。その間に、レオンは勝手にレウス王子の聖王即位を宣言し、逆らう者には蛮族軍を差し向けて、市内あちこちで武力衝突が起きています」
黙っていられなくなったロックが、「何やってんだよ!」と反発した。
「いくら蛮族軍が強くたって、正規軍の方が倍以上いるだろう! すぐに鎮圧しろよ!」
若い兵士は悔しそうに唇を噛んだ。
「確かに兵はいます。しかし、それを率いる将軍がいないのです。陛下の幽閉中、そっくりの姿をした偽者が、命令系統を一本化するためと称して、バロード人の将軍たちを全員国外に追放し、そこに蛮族の将軍を据えたのです。今、追放された将軍たちを呼び戻しに行ってはおりますが、とても間に合いません。そこで、甚だ勝手な話とは重々承知の上で、ゾイア将軍にお願いしに参ったのです」
「勝手過ぎるよ!」と叫ぶロックを、ツイムは「静かにしろ!」と叱った。
ツイムはフーッと息を吐くと、若い兵士に応えた。
「趣旨はわかった。内容が内容だけに、ゾイア将軍ご本人のご判断を仰がねばならない。そちらも返事を急ぐだろうから、この足で将軍の許へ案内しよう」
「はっ!」
ツイムが馬首を巡らし、駆け出す後を、若い兵士が追った。
ところが、ロックは動かない。
「ふん。勝手にしやがれ!」
その頭上から、「行った方がいいだよ」と間の抜けた声がした。
シャンロウである。
ロックは見上げて「うるせえ!」と毒づいた。
「おいらは、予定どおり市内を巡回する! こういう時こそ、それが必要なんだぞ! だから、ツイムの兄貴は、おいらに一緒に来いって言わなかったんだよ!」
「そうだべか?」
「そうに決まってる!」
憤然とした態度のまま、馬を歩かせ始めたロックの上を、またフラフラとシャンロウがついて行く。
一方、ツイムと若い兵士は、ピリカの家の前で馬を下りて中に入ったものの、一階でトニトルスに足止めされた。
「ならん! 孫娘から大事な施術中だから、誰も二階に上げるなと言われておる!」
ツイムは苛立ちを抑え、兵士から聞いた話の要点だけを伝えた。
みるみるトニトルスの顔が蒼褪める。
「それは一大事だ! どうして早くそれを言わんか! ああ、こうしてはおれん。二階に案内する。ついて来い!」
三人でドタバタと階段を駆け上がり、二階の一番奥にある、大きな部屋の前に行った。
真っ先にトニトルスが大声で呼び掛けた。
「ピリカよ、大変なことが起きた! ゾイア将軍に急ぎの話がある! 頼む、ここを開けてくれ!」
扉が少しだけ開いてピリカが現れ、後ろ手ですぐに扉を閉めた。
怒った顔で、声を押し殺してトニトルスを窘める。
「おじいさま、静かにして! 大事な施術と言ったでしょう!」
トニトルスも声を低めた。
「すまぬ。だが、緊急事態だ。ここは、どうしてもゾイア将軍に出馬してもらうより、他に方法がない」
すると、再び扉が少し開き、ウルスが出て来た。
いや、そうではなかった。
体格はウルスだが、髪がダークブロンドで、瞳の色がアクアマリンなのである。
「われに急用とは、何だ?」




