435 逆転(23)
廃都ヤナンのピリカの施療院を兼ねた家は、かつてこの街が王都であった頃は、貴族のための宿屋であった。
そのため、二階には続き部屋があり、一階には大きな食堂がある。
この食堂は、本来、正餐などを供するため、大きなテーブルが三台並べられる広さを有しているが、今は入口近くに一台のみ置かれている。
その長方形のテーブルに、七人が座ってピリカの作ったシチューを食べていた。
見た目と実際の本人が錯綜しているため、簡単に説明すると、次のようになる。
食堂の入口から見て右側に、トニトルス、ツイム、ゾイアの身体を持つウルス、ゲルヌの四人が座り、左側に、タロスの肉体に宿ったゾイア、ロック、ウルスの姿をしたタロスの三人が席に着いている。
一通り今日の経緯を話したタロスは、最後に、ガイ族の少年ハンゼからウルスへの、二人はもう友だちだ、という伝言を述べた。
ゾイアの身体に移ってから、やや不自然に燥いでいたウルスも、感激のあまりポロポロと涙を零した。
と、それが切っ掛けとなったのか、泣きながら瞳の色がスーッと薄くなり、顎の線が細くなった。
ここまでは、通常の人格交替であるが、その後、通常ではないことが起こった。
いつも耳の下辺りで切り揃えられている少し癖のあるブロンドの髪が、みるみる背中の真ん中まで伸びたのである。
それに合わせて、身長も少し高くなっているようだ。
ゾイアの身体の変身能力が、ウルスラの本来あるべき姿を再現しているのであろう。
尤も、本人はそれに気づいた様子はない。
「ああ、やっとウルスが交代してくれたわ。今までこんなことなかったのに。あ、ごめんなさい。クジュケが無事で本当に良かったと言いたかったの。ゲルヌ、ありがとう」
少し大人びて見えるウルスラに礼を言われ、横に座っているゲルヌの顔がほんのりと赤らんだ。
そこへ外を見回っていたシャンロウが戻って来たため、ゲルヌはホッとしたようにそちらを向き、「おお、ご苦労であった」と労った。
「おら、随分飛んだだども、怪しい気配はねえ。もう、ええだか?」
「勿論だ。おまえも一緒にご馳走になるがよい」
「ありがてえ。旨そうな匂いだあ」
シャンロウはいつも被っている鍔広の帽子を脱ぎ、椅子の背凭れの突起に掛けると、ウルスの顔をしたタロスの横に座った。
そのタロスが、ウルスラに尋ねた。
「わたしがスカンポ河の河原で気づいた時、既にクジュケどのが倒れていました。何があったのですか?」
ウルスラは、何かを思い出したらしく、自分の身体を抱くようにしてブルッと震えた。
あれは、何だったのかしら?
見かけは東方魔道師のタンリンだったけど、そうじゃないわ。
もっと恐ろしい化け物よ。
ああ、ごめんなさい、シャンロウ。
あなたを怖がらせるつもりじゃなかったの。
あら、わたしったら、順序立てて話さなきゃ、みんなわかんないわね。
ええと、ゲルヌと会えなくなってから、ずっとウルスは淋しがっていたのよ。
それを心配したクジュケが、同じ年頃の子供がいるからと、ガイ族のハンゼを訪ねるように勧めてくれたわ。
でも、ハンゼは怒っていて、わたしたちの父上のせいで、自分の母親が火炙りにされると言うの。
ウルスは救けに行こうとハンゼを説得したわ。
隠れて様子を見ていたクジュケも一緒に行くと言うし、わたしは放って置くことにしたの。
誰かが魔道を使えば簡単なことだと思ったから。
まあ、実際には、わたしが魔道を使うことになったけれど。
ところが、火炙りの現場では、あり得ないことが起こっていたのよ。
北方以外では日中は動けないはずの腐死者が、しかも、人喰いザリガニがいるスカンポ河を何事もなく渡って、何体も上がって来ていたわ。
その後ろから、あれが来たのよ。
見かけはタンリンよ。
それは間違いないわ。
シャンロウと同じ鍔広の帽子を被って、長いマントを着てたし。
でも、あれは人間ではないわ。
口を閉じたまま喋るし、その口が開いたと思ったら、鉄の筒が出てきた。
そこから火を噴いて、何かが飛び出し、わたしを庇ったクジュケが倒れた。
次はわたしの番だと思ったけど、それより、クジュケが死んだんじゃないかと、そっちの方が心配だった。
その時、急に意識がなくなって、気がついたら目の前にゾイアがいたのよ。
訳がわからなかったけれど、とにかくクジュケを助けなきゃと、必死でお願いしているところにゲルヌが来てくれた。
本当に良かったわ。
でも、こうして目の前にウルスの姿を見ることになるなんて思ってもみなかった。
わたしたちは、生まれてからずっと一緒で、まあ、今でも、心は一緒の場所にいるけれど、お互いの姿を他人として見ることはできなかった。
ちょっと変な感じよ。
ああ、ごめんなさい。今はそれどころじゃないわね。
ところで、わたしはクジュケが倒れた瞬間しか見ていないのだけど、どんな怪我をしたの?
ちょうどウルスの姿をしたタロスにウルスラの視線が向いていたため、その質問に答えた。
「はい。わたしはその直後を見ただけですが、クジュケどのは、肋骨が何本か折れたようだと言っていました。その原因となったものは、わたしが預かっています」
そう言って、ウルスのズボンのポケットから、団栗の実のような鉄の塊を取り出した。
皆が何だろうと首を捻る中、ゾイアが「ほう」と声を上げた。
「それは銃弾だな」




