434 逆転(22)
その日の朝、ゾイアと心が入れ替わってしまったタロスが変身して制御不能となった時、ツイムは思わず「ケルビムよ、鎮まれ」と命じた。
その言葉で初期化し始めたタロスを元に戻すため、ツイムはゾイアを呼んで来たが、何故か初期化が途中で止まり、タロスからウルスラに変身してしまう。
入れ替わったウルスラが、クジュケを助けて欲しいと訴えているところへ、ゲルヌ皇子が跳躍して来て、そのままクジュケの許へ再度リープした。
残されたゾイアたちは、商人の都サイカへの帰還を一日遅らせることにし、廃都ヤナンのトニトルスとピリカの家にもう一泊することになった。
その夕餉の席へ、ゲルヌたちがリープして戻って来たのである。
ゲルヌが、クジュケは自ら仮死状態になっていると説明し、ピリカに治療を頼もうとしていた、その時。
「えええっ、どうしてぼくがもう一人いるの?」
驚いてテーブルを離れ、近づいて来るウルスを、ゲルヌが遮った。
「これはタロスだ。少なくとも、心はな。だが、おまえたちの縺れた糸を解くのは後だ。取り敢えず、クジュケを寝台に運びたい」
そう告げると、ゲルヌは再びピリカの方へ視線を向けた。
「すまないが、空いている部屋はあるか?」
「ええ。昨日までロックさんが使っていた二階の続き部屋がいいと思います。みなさんで、その方を運んでいただければ」
「ああ、よい。その部屋を頭に思い浮かべてくれ」
「はあ。あ、いえ、わかりました」
ピリカが軽く目を瞑ると、ゲルヌの額に第三の目が赤く光った。
「うむ。いいだろう」
ゲルヌは振り返ると、床に横たわったままのクジュケを転送した。
「これでよい。仮死の業が効いている間は、放っておいても大丈夫だ。よければ、余にもご馳走してもらえぬか?」
ピリカは微笑んだ。
「それは勿論ですわ。シチューは、たんとありますから。でも、わたしはさっきの患者さんの様子を見て来ますから、ご自分でご自由に食べてくださいな」
「おお、そうか。ありがとう」
嬉しそうにピリカに礼を言うゲルヌは、初めて子供のような無邪気な笑顔を見せた。
席に着こうと歩き始めたゲルヌに、ロックが「おいおい、先にちゃんと事情を説明しろよ!」と不機嫌そうに聞いた。
ゲルヌが答える前に、その後ろに立っていたウルスの姿のタロスが「説明は、わたしがしよう」と返事をした。
その声はタロスそのものであり、ツイムなどは「おお、無事だったのか」と感激したが、ロックは猶も「おめえ、本当にタロスか?」と疑った。
「無論だ。この姿でも、おぬしよりは腕が立つと思うぞ」
「何だと!」
気色ばむロックを、横に座っているゾイアが「まあ、落ち着け」と窘めた。
「せっかくのシチューが冷める。食べながら、ゆっくり話を聞こうではないか。みんな腹が減って苛立っているのだと思うぞ」
「ふん。おいらは、まだいらねえ。ちょっと散歩して来る」
一人席を立ったロックは、部屋の出口の前で立ち止まって振り返り、「誰も止めねえのかよ!」と口を尖らせた。
ツイムが苦笑して、「戻って来い。一緒に食べよう」と声を掛けた。
幾分ホッとした顔で席に戻ったロックを、皆が微笑ましく見る中で、トニトルスだけが苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
が、前の席のゾイアが、申し訳なさそうに軽く頭を下げているのを見て、表情を和ませた。
「よし! みんな席に着け! わしの自慢の孫娘、ピリカの手料理だ! みんな、感謝して食べるのだぞ!」
向かって右側にトニトルス、ツイム、ウルスと座っており、左側にゾイアとロックが座っている。
気を利かしたのか、ロックの横にウルスの姿のタロスが座り、ウルス本人、といっても身体はゾイアのものだが、その横にゲルヌが座った。
ゲルヌがふと気づいたように、「そういえば、皆を護るように頼んでおいたシャンロウの姿が見えぬが?」とウルスに尋ねた。
「ああ。あの太っちょの魔道師さんなら、家の周りをずっとグルグル飛んでるよ。命令だからってさ」
可笑しそうにクスクス笑うウルスを見て、ゲルヌは少し首を傾げた。
「歪みか? ああ、いや、何でもない。シャンロウは、いずれ腹を空かせて戻って来るだろう。さあ、食べよう!」
食べながら、まず、タロスがスカンポ河の河原での出来事を説明した。
ヤナン市内で蛮族と遭遇し、闘っているうちに理性を失い、身も心も野獣のようになったわたしは、気がつくと別の場所にいました。
正面に水面が見え、手前に砂礫が広がっていたので、河原であることはわかりましたが、すぐには状況が掴めません。
しかも、目の前にクジュケどのが倒れており、そこに向かって数体の腐死者が迫って来ております。
わたしの心の中に、まだ野獣の本能が燻っており、止めるクジュケどのを振り切って、ンザビと闘いました。
偶々ゲルヌ皇子が来られたから良かったのですが、今思い出しても、自分の無謀さにゾッとします。
ともかく、皇子のお陰でンザビを撃退し、クジュケどのを無事に確保できました。
ありがとうございます。
その際、わたしたちを手伝ってくれた者たちがおります。
最初は隠形していたため気づかなかったのですが、黒尽くめの服を着たガイ族です。
そのガイ族からウルス王子宛に、伝言を二つ、預かりました。
一つは、年老いた者から。自分たちの族長を殺めようとしたが、もう誤解は解けたから、安心してくれ、と。
もう一つは、子供からです。
ウルス王子と自分は、もう友だちだ、と。
タロスの最後の言葉に、ずっとニコニコして聞いていたウルスの表情が変わり、目からポロポロと涙が零れ落ちた。




