431 逆転(19)
クジュケを助けに行くと言い残し、ゲルヌが跳躍すると、ゲルヌを嫌っているロックが盛大に舌打ちした。
「何だよ、あいつ! まるで魔道師みてえに消えやがって!」
すると、ゲルヌにこの場の四人の安全を確保するように命じられたシャンロウが、空中から下りて来た。
「皇子、一生懸命修行しただよ。今では、おらより上手だよ」
「はあ? おめえ、誰だっけ?」
ロックの横からツイムが苦笑して割り込んだ。
「東方魔道師のシャンロウだよ。おまえも一度会っているだろう」
ロックは皮肉な笑みを浮かべた。
「ふん。わかってるさ。こいつ以外に、小太りの魔道師なんか見たことねえよ」
三人の会話を横で聞いていたウルスラがハッとしたように、「そうだわ!」と大きな声を上げた。
「シャンロウ、教えてちょうだい! 東方魔道に、口から鉄の筒を出して、何かを炎と共に打ち出す技ってある?」
シャンロウは困ったように顔を真っ赤にした。
「うんにゃ、知らねえ。そったら技、聞いたこともねえよ」
「そう、よね」
がっかりした様子のウルスラを、ゾイアが「大丈夫だ」と慰めた。
「ああ見えて、クジュケは一流の魔道師だ。むざむざとやられはしない。それに、ゲルヌ皇子の理気力は強烈であった。必ず助けてくれる」
「ありがとう。やっぱり、ゾイアね。あなたがいるだけで安心するわ」
ウルスラが喜んで近づこうとすると、何故かゾイアはサッと離れた。
「まあ、ゾイア、どうしたの?」
また泣きそうになっているウルスラに、ゾイアは頭を下げた。
「すまぬ。事情がハッキリするまで、お互いに触れ合わぬ方がよい、と思う。これ以上、人格と肉体が複雑に絡み合ったら、元に戻れなくなりそうな気がするのだ。当然、ウルスもそこにいるのであろう?」
ウルスラの顔が上下し、瞳の色がコバルトブルーになった。
泣きそうだった表情も一変する。
「そうだよ。ああ、でも、ゲルヌが元気そうで良かった。それに、あんなに魔道を使えるようになるなんて、凄いや! ねえ、シャンロウ、ゲルヌは何処で修行したの?」
「それは勿論、エイサの地下神殿だべ。逃げると見せかけておらたちと一緒に、あわわ」
魔道師の守秘義務を思い出したらしく、シャンロウは慌てて口を押えた。
ウルスは得意そうに笑っている。
「やっぱりね。ぼくもそんな気がしてたんだ。ありがとう、シャンロウ。でも、もう隠さなくていいんじゃないの? だって、本人が姿を見せているんだからさ」
「おお、んだな。もう、出て来でるものなあ」
顔を見合わせて笑うウルスとシャンロウを、ゾイアが浮かない顔で見ている。
ツイムが気にして、ウルスに聞こえないようにゾイアの腕を引いてもう少し離れ、「どうした、ゾイア?」と尋ねた。
「ああ、すまん。思い過ごしであればよいのだが、少し人格に歪みが出て来ている気がする」
「歪み?」
「うむ。われの身体は、一度ドーラに奪われた。その後、聖剣の力で初期化され、光の球体となったところでわれが触れた。ところが、われではなくタロスどのの人格の方が移ってしまったのだ。今はまた、その身体にウルスとウルスラが宿っている」
ツイムは両方の眉を上げた。
「うーん、複雑だな。だが、直接触れた訳でもないのに、タロスとウルスラ殿下が入れ替わったのは、何故だ?」
「おそらく、聖剣によって一度塞がれた閾値下の回廊とやらが、タロスどのの肉体に重なったわれが触れることによって、再度複写されたのだと思う」
「はあ? 何の廊下だって?」
「閾値下の回廊だ。われと最初に合体した時、タロスどのにはなかったものだ。その直後、かの大魔道師サンジェルマヌス伯爵によって与えられたらしい。同じものがウルスにも与えられており、そこを通ってウルスラの人格がタロスどのに宿ることが何度かあったという。それがタロスどのとの二度目の合体により、われにも同じものが複写された。ドーラに身体を乗っ取られた際、われの人格はそこを通ってタロスどのの肉体に逃げ込んだのだと思う」
ツイムは、肩を竦めた。
「わかるような、わからぬような話だな。で、それは、一回塞がったんだな?」
「ああ。ドーラに悪用されたからな。ところが三度めの合体は、われとタロスどのが重なった状態で行ったため、複写の際に何らかの不具合が生じ、タロスどのの人格の方がわれの身体に移ってしまった。よって、閾値下の回廊も捻じれているかもしれないのだ」
「うーん、聞けば聞くほど、こんがらがってくるな」
頭を抱えるツイムの横で、いつの間にか傍に来て立ち聞きしていたらしいロックが、ニヤニヤ笑っている。
「なに訳のわかんないことを二人でゴチャゴチャ言ってんだよ。おいらにゃ理屈なんざわからねえが、お転婆のウルスラが大人しくなり、陰気だったウルスが明るくなって、良かったじゃねえか。この調子だと、あのクソ真面目なタロスも、ちっとは変わったんじゃねえか?」
ロックの想像どおり、タロスは変わっていた。
クジュケに止められなくとも、本来の彼であれば、ウルスの肉体の安全を第一に考えるはずであった。
それが、闘争心を抑えられず、無謀な行為に出ようとしている。
腐死者の群れと一人で闘おうとしているのだ。
しかも、怪我をしているクジュケに必死で止められても、まだ諦めていない。
「うーむ。自信はあるのだが」
「駄目です! そんな危険を冒すぐらいなら、わたくしのことなど捨てて置いてください!」
言い合っている二人にも、ハンゼの「もう、そこまで、ンザビ、来てるよ!」という必死の呼びかけが聞こえた。
と、その頭上にポッと光る点が現れ、半透明の光球となってみるみる膨らみ、パチンと弾けると中からゲルヌが出て来た。
「クジュケよ! 助けに来たぞ!」




