426 逆転(14)
各人が或る程度自由裁量で動ける中原の魔道師とは異なり、暗黒帝国マオールに属する東方魔道師たちは厳しい上下関係の中にある。
その頂点に立つ者こそ、ヌルギス皇帝直属のタンリンであった。
尤も、ヌルギス皇帝の代になって中原に多数派遣されるようになった東方魔道師たちは、必然的にガルマニア帝国のチャドス宰相や、暗黒都市マオロンを仕切るチャナール太守及び警備団長のチャロアなど、チャ一族の配下となり、その私兵化しつつあった。
タンリンは、そのお目付け役としてやって来たため、チャドスなどは毛嫌いしていたが、皇帝の威光を笠に着るタンリンには、表立って逆らえなかった。
ドーラに唆されたチャドスが、ゲルヌ皇子の誘拐をタンリンに命じたのは、一つには厄介払いのためであったろう。
誘拐そのものはタンリンの主導で成功したが、結果的には、ゾイアたちの活躍と赤目族の協力でゲルヌを奪い返されてしまった。
ガルマニア帝国に戻ったタンリンは、皇帝宮内にバロードの間者がいるのではないかと調べ、皇帝ゲルカッツェの愛妾ドランが怪しいとみて、罠を仕掛けた。
ところが逆に、ドランことドーラに返り討ちにされ、遥か北方へ転送されてしまったのである。
そこで、タンリンは謎の存在である『白魔』と接触し、行方不明となってしまう。
一度は、辺境の空に浮かぶ巨大な顔の幻影となって、一般の人々にとっては意味不明な警告を発したが、すぐに消えた。
その後、姿を見た者はいなかった。今日までは。
ガイ族の仲間たちから火炙りにされようとしていた女族長のバドリヌは、ウルスラに救けられた直後、スカンポ河から続々と上がって来る腐死者の後ろから水面を歩いて来る人物を見て、大声を上げた。
「おまえは、タンリン!」
その姿は、正にタンリンであった。
東方魔道師の象徴である鍔広の帽子を被り、脚まで届く裾の長いマントを羽織っている。
帽子の下の顔は、典型的なマオール人、それも北部に住む北人の特徴が顕著であり、頬骨が高く、目が細い。
が、その目は虚ろであった。
のろのろと水中から上がって来るンザビを追い越すような速足で水の上を歩いているが、その顔には全く生気がない。
かといって、ンザビ化している訳ではないことは、その滑らかな身体の動きでも明らかであった。
勿論、ウルスラもクジュケもそれに気づいており、油断なく身構えている。
「あれは、ゲルヌ皇子を誘拐した男だわ。名前は」
ウルスラの言葉を、クジュケが引き取った。
「はい。エイサでは偶々すれ違って、わたくしは直接遭ってはおりませんが、タンリンという名だと聞いています。ですが、バドリヌは何故あの男を知っているのですか?」
その問いには、息子のハンゼが答えた。
「ガイの里、マオロンに、近い。東廻り、航路で、来た、マオール人、必ず、マオロンに、立ち寄る。そこで、中原の、情報、それも、裏の、情報を、仕入れる。その、情報、おれたち、売ってる。タンリン、特に、獣になる男の、情報、欲しがった。ガイ族で、それに、詳しいのは、母者だ」
「成程。と、いうことは、マオールは最初からゾイア将軍に目をつけていた、ということですねえ」
感心するクジュケのマントの裾を、ウルスラがグイッと引いた。
「そんな詮索は後にして! もう、河から出て来たわ!」
ウルスラの言葉どおり、河原に着いたタンリンは少しも速度を緩めず、先に水中から上がって来たンザビたちを追い越し、その先頭に出た。
そこでタンリンが足を止めると、ンザビたちも一斉に歩みを止める。
タンリンの虚ろな目は、誰かを探すように動いていたが、ウルスラのところでピタリと止まった。
タンリンは口を閉じたまま、その喉の辺りから、奇妙な声を出した。
「惑星浄化作業の妨害者を発見。直ちに抹殺します」
タンリンの口がパカッと開き、そこから金属の筒のようなものが、ヌーッと出て来た。
「王女、危のうございます!」
クジュケがウルスラを庇うように前に出た刹那、ドンという腹に響く音と共に、タンリンの口の筒が火を噴いた。
一方、ウルスラたちのいるバロードの西北部とは反対側の、バロード東南部に位置する廃都ヤナンでは、ゾイアが義勇軍を取り纏めて一旦サイカに戻ろうとしていた。
「本当に世話になった」
ゾイアは、ヤナンに滞在中宿舎として屋敷を提供してくれたトニトルスに礼を述べた。
普段は頑固一徹を絵に描いたようなトニトルスも、さすがに少し目を潤ませている。
「なんの、礼を言うのはこっちの方だ。おぬしたちのお陰でわが国は救われたのだからな。おお、そうだ。おぬしになら、孫娘をやってもよいぞ」
ゾイアは苦笑して首を振った。
「有難い話だが、われには色々複雑な事情がある。この身体とて、タロスどのからの借り物だ。それに、朋友を失いたくないのでな」
と、ゾイアの後ろから声が掛かった。
「おいらのことなら気にすんなよ、おっさん」
ゾイアが振り返るとロックが立っていた。
ちょっと強がるように、顎を上げてゾイアを見ている。
「おいら決めたのさ。ピリカにも、そこのじっちゃんにも認められる、一人前の漢になるってな。だから、おっさんも遠慮することはねえ。おいらかおっさんか、最終的にピリカに気に入られた方の勝ち、ってことでどうだい?」
困惑するゾイアを押し退け、何か反論しようとトニトルスが口を開く前に、慌ただしい馬の足音がして、「大変だ、ゾイア!」というツイムの声が聞こえてきた。




