424 逆転(12)
ハンゼの母バドリヌは、ガイ族の女族長でありながら、カルス王の妃の地位を狙っていると仲間に誤解され、火炙りにされようとしているという。
苛立ちを隠せないウルスラと異なり、ウルスは救出することを提案した。
「ハンゼ、ぼくらできみのお母さんを救けようよ!」
たが、ハンゼの返事は悲観的であった。
「おまえ、知らない。ガイ族、長年、間者の、仕事してた。普通の、人間、とても、敵わない」
ウルスはニッコリ笑って見せた。
「ぼくは普通の人間じゃないし、仲間も普通とは言えない人ばっかりだよ。取り敢えず、きみを紹介してくれた魔道師に相談しようよ」
ハンゼも少し落ち着いたのか、全身を覆う草色の布から唯一露出している目の部分に手を当て、涙を拭った。
「わかった。だが、あの男、ちょっと、頼りない、気が、するぞ」
「頼りなくて、悪かったですね」
不満げなその声は、二人の頭上から聞こえて来た。
二人が見上げると、魔道師のマントを身につけたクジュケが、俯せになって空中浮遊している。
クジュケはサラサラした銀髪を靡かせながら、二人の前に降りて来た。口を曲げ、ハンゼを睨んでいる。
「ウルス王子にご紹介したものの、何かご無礼があってはいけないと、コッソリ様子を見ておりました。それが、ものも言わずに刀子を投げつけるとは! 幸い、ウルスラ王女が撥ね退けてくださいましたが、もう一本投げるようなら、わたくしが相手になろうと思っていたのですよ!」
ハンゼが反射的に身構えたのを見て、慌ててウルスが止めた。
「二人ともやめてよ! 今は、そんなことしてる場合じゃないよ。早くハンゼのお母さんを救けに行かなきゃ!」
闘う構えを解いたのは、クジュケが先だった。薄く笑顔になっている。
「冗談ですよ。ハンゼの投げた刀子には、全く殺気がありませんでした。そうでなければ、わたくしが止めていましたよ。さあ、王子の仰るとおり、急ぎましょう。ハンゼ、おまえの母親がいる場所は、どの辺りですか?」
ハンゼは頷くと、後ろの方を指差した。
「スカンポ河の、河原」
「わかりました。わたくしがお二人を連れて行きます。両脇に寄ってください」
左右にウルスとハンゼを抱えると、クジュケはゆっくり上昇した。
ウルスは、やや不安そうに「大丈夫?」とクジュケに尋ねた。
「な、なんのこれしき。わたくしとて、魔道師の端くれ。と、言いたいところですが、宜しければウルスラさまと交代して、飛んでくださいますか?」
ウルスは申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんね。ウルスラは、ちょっと拗ねてるみたいなんだ」
「な、成程、それは仕方ありませんね」
その頃、河原では、バドリヌが十字架に縛りつけられ、黒尽くめの服を着たガイ族の者たちが、その周りに枯れ草を積み上げていた。
「言い残す、ことは、ないか?」
バドリヌは、真っ直ぐ前を見て「ない」と言い掛けたが、「あ、いや、ハンゼのこと、頼む」と頭を下げた。
「あの子に、罪は、ない。全ては、わたしの、不徳」
バドリヌに問い掛けた男は、全身を覆う黒い布からそこだけ見えている目に、薄っすら涙を浮かべていた。
かなりの年配のようだ。
「ああ。わしが、大切に、育てよう。大事な、跡継ぎの、孫だからな」
その男は、なんとバドリヌの父親であるらしい。
掟を破った娘を、自ら処刑するつもりなのだろう。
バドリヌの方も、覚悟を決めたようだ。
「さあ、父上、火を点けて、くれ」
バドリヌの父は、一旦離れると、仲間から火の点いた松明を受け取り、娘に向かって最後の言葉を掛けた。
「掟により、おまえを、火炙りに、処す。覚悟せよ!」
松明が枯れ草に押し当てられ、パチパチと燃え上がった、その時。
周りにいたガイ族の一人が、スカンポ河の方を指して叫んだ。
「あ、あれは、何だ!」
皆が一斉にそちらを見た。
一見すると海ではないかと錯覚する程広く穏やかなスカンポ河の水面が、ブクブクと泡立っている。
そこに見えて来たのは、兵士が被る兜であった。
それが、一つ、二つと水面から現れ、その下にあるものが徐々に見えて来た。
それは、焼け焦げ、ドロドロに腐りかけた人間の顔であった。
最初に水面を指差したガイ族の男が、呻くような声を上げた。
「ああ、ンザビが。そんな、馬鹿な。スカンポ河には、人喰いザリガニが、いるはず」
何らかの異常事態が起きたのは、確かのようだ。
動揺する仲間たちに、バドリヌの父親が大声で命じた。
「一先ず、全員、ここから、逃げよ!」
仲間が逃げるのを目で追いながら、バドリヌを振り返った。
目に涙が溢れている。
「すまぬ。おまえを、助ける、訳には、いかぬ」
既に、バドリヌの周りでは、枯れ草が燃え出している。
「気に、せずとも、良い。このまま、燃えれば、ンザビに、ならずに、済む」
バドリヌは、黒尽くめの布から覗いている目だけで、笑って見せた。
と、上の方から「だめだ!」と叫ぶ声が聞こえて来た。




