423 逆転(11)
かつての魔道師の都エイサは、ガルマニア帝国に焼き討ちされ、新帝都ゲルポリスとなるはずであった。
しかし、軍師ブロシウスの謀叛によって皇帝ゲール諸共に倒され、イサニアン帝国の首都エイサとなった。
ところが、イサニアン帝国は僅か十三日で滅ぼされ、エイサは再びガルマニア帝国支配下の植民都市となったのである。
新皇帝ゲルカッツェの弟ゲルヌは、そのエイサの地下に囚われていたが、ゾイアやウルスたちの活躍と、地下神殿に潜んでいた赤目族にも助けられ、自由の身となった。
ゲルヌはそこで『神聖ガルマニア帝国』を宣言したものの、兄ゲルカッツェによって再びエイサが戦禍に晒されることを避けるため、忠誠を誓った兵士たちと共に、何処かへ逃亡したものと思われていた。
しかし、それは兄を欺くためであり、実際には、エイサの地下神殿に留まっていたのである。
ガルマニア帝国が大規模なバロード遠征軍を催し、暗黒帝国マオールの援軍を受け入れようとしていると知ったゲルヌは、自分が地上に戻るべき時期が来たと考えた。
折よく、赤目族の側もゲルヌに相談したいことがあるとのことで、食事を摂りながら話し合うこととなった。
そこは、地下神殿内にある食堂で、大きな長方形のテーブルには、既に食事が用意されていた。
「ささ、このようなものですが、どうぞ召し上がってください」
空腹だというゲルヌのために赤目族が用意してくれたのは、野菜と豆を使った料理であった。
肉や魚は一切入っていない。
「馳走になる」
ゲルヌは感謝して食べ始めたが、横で相伴している元東方魔道師のシャンロウは、「またこの料理だかあ」と思わず不満を漏らしてしまい、慌てて口を噤んで黙々と食べた。
同じテーブルについている赤目族たちは、その同じ料理をホンの少量だけ、それも、一口ずつ感謝の祈りを捧げながら食べている。
皆が一とおり食事を終え、食後の薬草茶が供されたところで、赤目族の仲間から第一発言者と呼ばれている者が、時々薄い板のようなものを見ながら、ゲルヌに話をした。
さて、皇子も耳にされたかと思いますが、地上は今、大きく動こうとしております。
このまま事態が推移すれば、東西両勢力の激突が、われらの未来予測より随分早く起こることになります。
そのこと自体は、まあ、已むを得ぬものと考えております。
中原に恒久的な平和を齎すためには統一するしかなく、その過程で大規模な東西戦は避けられぬからです。
ですが、それには条件があります。
一つは、非位相者が完全に中和されていること。
そして、もう一つは、中原以外の勢力の干渉を排除すること。
遺憾ながら、現在は、そのどちらも当て嵌まっておりません。
すると、統一と平和のための東西戦が、泥沼のような長期戦となり、救いようのない混乱が全中原に広がることになります。
つまり、戦乱の世が終息せず、それどころか、永遠に続くことになってしまうのです。
では、そうならぬためには、どうすればよいのか。
東西戦が始まる前に、二つの条件を整えるしかありませぬ。
そして、その両方に関与できるのは、皇子、いや、み使い、あなただけなのです。
あなたは、干渉機、一般的には『アルゴドラスの聖剣』として知られるものを持つウルス王子の親友であり、中原外の勢力と結託しようとしている皇帝ゲルカッツェの弟でもあります。
今こそ地上に出て、中原をお救いください。
お願い申し上げます。
第一発言者の「お願い申し上げます」に合わせ、その場の赤目族全員が同じ言葉を唱和した。
ゲルヌは、その父親譲りの秀麗な横顔に、何の表情も見せずに傾聴していたが、「うむ」と頷いてハーブティーを一口飲んだ。
「わかった。余には荷の重過ぎる役目だが、やらねばならぬ。一先ず、ウルスに会いに行こう」
静かな口調ではあったが、ゲルヌの額には、クッキリと赤い第三の目が現れていた。
そのウルスは、ゲルヌに逢えない淋しさを紛らわすため、クジュケに勧められて、ガイ族の少年ハンゼを訪ねて来た。
たが、いきなり刀子を投げられ、それを防ぐためにウルスラに変身したのである。
「何するの! 危ないじゃない!」
「おれ、悪く、ない。おまえの、父のせいで、母者、大変な、ことに、なってる」
そう応えるハンゼは、泣いているようであった。
だが、ウルスと違って気の強いウルスラは、同情よりも怒りの方を優先した。
「何を馬鹿なこと言ってるの! 父上は、あなたたちに助けられたことを忘れず、ガイ族全員にバロード領内の居住権を与えたのよ! 感謝こそされても、そんなことを言われる筋合いはないわ! 何を逆恨みしてるのよ!」
ハンゼは、泣きながら頭を振った。
「違う。恨んでいるの、おれ、じゃない。仲間、たち。母者が、王妃の地位、狙って、一族を、バロードに、売り渡した、と責め、ている。そして、母者を、火炙りに、しようと、してる」
ウルスラは「なんて馬鹿なの」と唇を噛んで俯いたが、顔を上げた時には、瞳の色がコバルトブルーに戻っていた。
「ハンゼ、ぼくらできみのお母さんを救けようよ!」




