42 予期せぬ開戦
ゾイアは、こうなることを懼れ、バロードの領内を避けて、多少時間がかかっても迂回する経路をとっていたのである。
しかし、こうなっては、カルボンの問いかけに、白を切り通すしかない。
「タロス? 知らんな。われの名はゾイア。理由あって人探しの旅をしている」
「おお、それそれ。おまえがタロスではないとしても、何故ウルスを探すのだ?」
カルボンの疑いの眼差しを撥ね返すように、ゾイアは胸を反らした。
「ウルスとは、確か嘗ての新バロード王国の王子だな。名前は聞いたことがある。どうも誤解しているようだが、われの探しているのは、息子のオルソだ。誰かが聞き間違えたのだろう。おお、そうか、それでわかった。オルソを探しにクルム城を訪ねた時、いきなり捕縛され、牢屋に放り込まれた。その夜、野盗が攻め込んで来た混乱に乗じ、辛うじて逃げたが、全く迷惑な話だった」
カルボンがゾイアの出鱈目をどこまで信じたのかわからないが、その時、そのようなことに構ってはいられない事態が生じた。
「総裁閣下はいずこにおわすや! 火急の連絡にございます!」
馬に乗った兵士が、中庭に駆け込んで来たのだ。早馬の伝令であろう。
カルボンの顔を見つけると、馬から飛び降りた。
「閣下に申し上げます! お人払いを!」
カルボンは神経質そうに眉を顰めたが、黒尽くめの女に「この男は、後で詮議する。連れて行け」と命じた。
ゾイアも抵抗せず、素直に女に従った。縄をかけられ、親子に前後を挟まれる形で連行された。
その背中越しに、カルボンと伝令の話す声が聞こえて来た。
「いったい、何事じゃ!」
「はっ。ガルマニア帝国軍一万五千、帝国領内より緩衝地帯に進軍して参りました!」
「な、何、それはいかん。すぐに首都バロンの防御を固めねば。今はとても、こちらから迎撃するには兵力が足りん。同盟した国や自治領に援軍の要請をしろ!」
「いえ、それが、緩衝地帯に入ったところで、ガルマニア帝国軍はすでに交戦中でございます!」
「どういうことだ。同盟国のどこかが出撃したのか?」
「いえ、相手は連隊(=三千人隊)規模の、所属不明の軍でございます! 人数は帝国軍に及ばずながら、果敢に攻め、一進一退のようであります!」
カルボンはブルブルと震えていた。恐れて、ではない。興奮して顔も上気し、赤くなっている。
所謂、武者震いであった。
「奇貨居くべし! 集められるだけの兵を集め、直ちに進撃する! 一気にガルマニアの野人どもを蹴散らすのだ!」
「ははあーっ!」
慌ただしく駆け回る気配を聞きながら、ゾイアは「プシュケー教団だろうな」と呟いた。
前を歩いていた黒尽くめの女が、振り返った。
「おまえ、今、何、言った?」
ゾイアは「それも気にかかるが、先にロックを探さんとな」と笑った。
「意味、わからない」
「だろうな」
そう言った瞬間にはゾイアはするりと縄を抜け、猛然と女に接近するや、掌底で当身を喰らわせた。
相手が「うっ」と呻いて倒れるのを片手で支えながら、自分の頭を下げた。
その頭があった位置を、ヒュッと風を切って刀子が通り過ぎて行く。
そっと女を地面に横たえると、ゾイアは振り返り、次々と飛んで来る刀子を躱しながら、今度は子供に向かって走った。
驚いて身構える子供の頭上を跳び越え、「また会おう!」と告げると、後も見ずに駆けた。
早馬到着の混乱の中、降ろされたままだった跳ね橋を通り過ぎ、気がついた衛兵たちの射掛ける矢も避け、一目散に走り抜ける。
「ロック、待っていろよ!」
ゾイアは妙な胸騒ぎを感じていた。
そのロックは、地下神殿の砂山の上で、赤い目の神官たちに取り囲まれていた。
「なんなんだよ、おめえら」
「おまえに使命を与える。そのゾイアという男から離れず、行動を逐一われらに報告せよ」
神官たちの声は、同期したように一斉に響いて来る。
「馬鹿言ってんじゃねえよ! そんな間者みてえなことができるかよ!」
「いや、やってもらう」
神官たちの目が、真っ赤に光り始めた。
「うあああああーっ!」
ロックは頭の中を掻き回されるような感覚を覚え、そのまま気を失った。




