418 逆転(6)
ガルマニア帝国の皇帝宮でドーラと宰相チャドスの新たな同盟関係が成立した頃、バロードの廃都ヤナンでは、ツイムが気を揉んでいた。
ツイムは宿として使わせてもらっているピリカの家の、二階の続き部屋にいた。
その居間の中をグルグルと歩き回っては、時々思い出したように窓の外を覗いている。
「今日はもう、必ず帰ると約束した五日目だぜ! ゾイア将軍は何をやってんだ!」
五日前の朝、ゾイアはカルス王を救出するために、義勇軍をツイムに任せて飛んで行ったのである。
ツイムの横には、すっかり創が癒えたロックがニヤニヤ笑って座っている。
「まあ、ツイムの兄ちゃん、少しは落ち着きなよ。日没まではまだ間があるよ。おっさんは羽根があるんだから、イザとなったら、ピューッと飛んでくるさ」
「そう思ってずっと空を見てるんだが、まさか歩いて来るなんてことは、あっ!」
視線を下に向けたツイムが、驚きと喜びの入り混じった声を上げた。
「帰って来た! ちょっと、迎えに行って来る!」
慌てて下の階に下りて行くツイムの後から、「おいらも!」とロックも勇んで階段に向かった。
一階では、既にピリカと祖父のトニトルスが出迎えており、将に玄関からゾイアが入って来ようとしているところであった。
ツイムはその姿を見るなり、「待ってたぜ、ゾイア将軍!」と、珍しく燥いだような声を上げた。
ゾイアも笑顔で、「おお、すまぬ。ギリギリで間に合ったな」と応える。
そこへ、階段を駆け下りて来たロックが、ツイムと同じように破顔して声を掛けようとして、ギクリと表情が固まった。
「おっさん? あんた、本当におっさんかい?」
ロックの声に気づいたツイムが、「何を馬鹿なこと言ってんだ、ロック!」と窘めた。
「どこからどう見てもゾイア将軍だぞ。創口から、悪い瘴気でも入ったのか?」
しかし、ロックは、「おいらはもう何ともねえよ!」と激しく首を振った。
「確かに、この男はおっさんにそっくりだ。擬闘士並みの筋骨隆々の身体だし、髪もくすんだ金髪で、目も薄緑みてえな色をしてる。だが、おっさんじゃねえ。あんた、誰だ?」
ゾイアが返答に窮しているところへ、バサバサと大きな羽音がして、何かがドンと閉まっている板窓にぶつかる音がした。
ゾイアは少しホッとしたように、ピリカに尋ねた。
「すまぬが、窓を開けてもよいか? 向こうで待っているように言っておいたのだが、心配して来てくれたようだ」
ピリカは戸惑ったような笑顔で、「いえ、わたしが開けますわ」と告げると、手際よく大きな窓を開けた。
すると、それを待ちかねたように、背中に翼のある人間が飛び込んで来て、ドサッと床に着地した。
照れたように笑いながら、「すみません。まだ馴れなくて」と言ったのは、鮮やかな金髪にコバルトブルーの瞳の男であった。
その顔を見たツイムが、驚きの声を上げた。
「おお、タロスか! こりゃ、どうなってる?」
一連の出来事をムスっとした顔で見ていたトニトルスが、「とにかく、じゃ!」と大きな声を出した。
「誰が誰とかの話は、後でゆっくり聞く! わが王は、カルス陛下は、ご無事なのか?」
ゾイアは、「すまぬ。それを先に言うべきだったな」と苦笑した。
「ご無事であったよ。晴れてニノフ殿下と親子の対面もなされた。双方に多少の蟠りはあろうが、バロードを再生するために、共に手を携えようということになったようだ。二人をそうさせたのは、やはり、ウルスラ王女の説得の賜物だ」
ピリカが嬉しそうに「良かったですわ」と笑うと、皆に提案した。
「だいぶ話が混み入っているようですから、ゆっくり座ってお話ししませんか? わたしが薬草茶をお淹れしますわ」
ピリカの案内で、全員一階の広い居間に移動し、長方形のテーブルに着席した。
元は貴族のための宿泊施設だったというだけあり、本来は晩餐のための部屋であろう。
向かって左側に、ゾイア、タロス、トニトルスが座り、右側にツイムとロックが座った。
ロックの横の席は空いており、ハーブティーの準備が終われば、そこにピリカが来るはずである。
「こうして、改めて二人が並んでいるのを見ると、まるで双子だな」
そう感嘆の声を上げたのは、ゾイアとタロスの前に座ったツイムである。
運命の悪戯か、ゾイアとタロスはすれ違うことが多く、こうして二人が揃うことは、殆どなかったのだ。
実際、髪と瞳の色以外、違いを探すのが難しい程である。
ところが、ツイムの感想に、ロックが異を唱えた。
「双子なんかじゃねえ。おいらにはちゃんとわかるんだ」
ロックは、まずタロスを指差し、「こっちがゾイアのおっさん」、そしてその指をゾイアに向け、「こっちがタロスだ」と言った。
言われた二人も苦笑している。
代表して、見かけがゾイアの方が、「そのことも含めて、これから説明しよう」と告げた。
(因みに、混乱を避けるため、特に断らない場合は、見かけどおりの人名で表記する。実際にも、本人たちの人格は、見た目どおりである)
ゾイアは、ここを出発して、すぐにハンゼを発見してからの経緯を説明した。




