417 逆転(5)
ガルマニア帝国の帝都ゲオグストにある皇帝宮の一室では、宰相のチャドスと、バロードを追放されたドーラの密談が続いている。
肚を割って話そうという言葉どおり、チャドスはかなり踏み込んだ発言をした。
母国のマオール帝国から離れ、ガルマニア帝国を自分のものにしたいというのである。
その上でドーラと手を組み、中原を東西二分割して統治しようと持ち掛けた。
チャドスが話す間、気乗りしない様子で天井を見ていたドーラであったが、こう返答した。
「それなら、こちらにも条件があるぞよ」
それを聞いたチャドスは、寧ろ、してやったりという顔になった。
「おお、何だ。何が欲しい。言ってみてくれ。地位か、銭か、それとも男前の若い奴隷か」
ドーラは怒らず、ただ、蔑むようにチャドスを見ただけだった。
「そのようなものは要らぬ。わたしが欲しいものはもっと別格のものだが、それは後程説明しよう。取り敢えずこちらの条件は一つか二つだ。その一つは、かつてない規模の大軍を送り込み、バロードを討ち滅ぼすこと。これは、まあ、皇帝陛下にお願いしておるがの。もう一つは頼み事ではなく承認してもらえばよいことだが、バロードの跡地は蛮族の自治領とし、その領主は、間もなく生まれるわたしの孫にすること」
チャドスは、薄い眉を少し寄せた。
「それはまた、随分な要求だな。まあ、おまえの孫云々は、どうぞ勝手に、というところだが、バロードへの遠征は論外だ。過去に二度も失敗しておる。一度目はシャルム渓谷でやられ、二度目は例のブロシウスに裏切られた。わが帝国にとっては、不吉な戦いなのだ。それに、勝ったところで、何の利得もない」
ドーラは、この部屋に来てから初めて、笑顔を見せた。
尤も、魔女めいた凄みのある笑みではあったが。
「その利得について、これから説明しようと思っていたのさ。三種の利器というものをご存知かえ?」
チャドスは、口を少し曲げて首を傾げた。
「知らんな。だが、まあ、利器というからには、何かの道具だろうな。それがどうした?」
ドーラは、鼻で笑った。
「三種は知らずとも、その内の一つは知っておろう。『アルゴドラスの聖剣』の名を聞いたことはないか?」
「おお、それは耳にしたことがあるな。その聖剣を手にした者は、中原をわがものにできるという。しかし、あれは伝説であろう?」
ドーラは、何かを思い出したように、苦い顔になった。
「いや、伝説などではない。実在するし、今は二人の孫のどちらかが持っておろう」
「ほう。すると、ウルス王子か、その庶兄だというニノフ将軍だな。だが、まだ中原は制覇しておらぬぞ」
ドーラは、美しい顔を醜く歪め、「阿呆だからさ!」と吐き捨てた。
「どんなに便利な道具でも、使う人間が阿呆なら、宝の持ち腐れよ。あの二人は、まだ子供過ぎる。王としての覚悟も野望も持たない。それに、未だに父親に遠慮している。いや、今頃は確執を超え、親子で同盟を結んでいる可能性もある。いずれにせよ、母国のバロードが攻められれば駆け付けて来るであろうし、聖剣を使うだろう。そこが狙い目じゃ」
チャドスは、薄い眉を両方上げた。
「うーむ。却って危険な気もするな。まあ、取り敢えず先を聞こう。あとの二つは何だ?」
「一つは、機械魔神よ。これ一つで、首都バロンを陥落させた」
「ああ、あの火を噴くとかいう巨人か! あれは確かに便利そうだな。あれも孫が持っているのか?」
ドーラは嫌な顔をした。
「違う! 今は、ちょっと故障しており、山の中の洞窟に隠してある。自分で修復する力があるから、もう直っておろう。これだけでも先に、隙を見て奪い返すつもりじゃ。先程ガルム大森林に道がないという話があったが、デウスエクスマキナさえあれば、アッという間に馬車が楽に通れるほどの広い道を、マオール帝国まで通せるぞよ。まあ、向こうから攻め込まれても困るが、こちらに実力があれば、おぬしが夢物語と言うた二つの世界の支配も、不可能ではない」
チャドスは細い目を更に細めた。
「成程、それは欲しいな。で、最後の一つは?」
ドーラはニヤリと笑った。
「おぬしも知っておろう、獣人将軍のゾイアじゃ」
チャドスは、ちょっと不愉快そうに顔を顰めた。
「無論知っておるさ! マオロンでは、わしの遠縁のチャナールお抱えの擬闘士を叩きのめし、エイサでは、わしの親戚筋のチャロアに恥をかかせたやつだぞ! で、その男が、その最後の利器を持っているのか?」
ドーラは、恍けたような顔で笑った。
「違う。あの男そのものが利器なのだ。有翼獣神という存在だ」
チャドスは肩を竦めた。
「よくわからんな。で、そのケルビムとやらがどうした?」
「ゾイアは、今まで常にバロードに、というより、ウルスとニノフの戦いに関わってきた。こちらがバロードを攻め、それにウルスとニノフが参戦すれば、必ずあやつも出て来る。そこで捕まえればよい。ケルビムの利用方法は、無限にある。つまり、バロードを攻めさえすれば、三種の利器の全てが手に入るのだ。さすれば、中原はおろか、マオールまでも制覇できるぞよ」
ドーラの言葉を噛みしめるように聞いていたチャドスの顔に、じわじわと抑えきれない笑みが零れてきた。
「やってみる価値はありそうだな。よかろう。大軍を催して、バロードを蹴散らしてやろう!」




