413 逆転(1)
ニノフの持つ聖剣の力によって、ゾイアの身体から追い出されたドーラは、カルス王たちに保護された本来の肉体に戻った。
しかし、ガイ族と手を結んだカルスによって国外追放を宣告されたため、捨て科白を残し、何処かへ跳躍する。
一方、ドーラが抜け出たゾイアの身体は、初期状態の光の球体となっていた。
一時的にタロスの身体を借りているゾイアは、タロスの了解を得て、その球体に触れた。
一旦合体した後、光の球体は人間の形になった。
ところが、新しく出現した人物の髪は、ゾイアのようなダークブロンドではなく、鮮やかな金髪であり、瞳の色はアクアマリンではなく、コバルトブルーだったのである。
それは、正にタロスの姿であり、その口から漏れた声も、ゾイアのものではなかった。
「こ、これは、いったい……」
合体と分離の衝撃から醒めた肉体の方も、目の前のタロスを見て驚いている。
その目の色は、アクアマリンのままであった。
「なんと、タロスどのの方が、移ってしまわれたのか?」
互いに見つめ合う二人の横で、聖剣を手にしたニノフも呆然としている。
と、いち早くそれに気づいたのは、ウルスラであった。
「ニノフ兄さま! 聖剣に命じて、二人を元に戻してあげて!」
言われたニノフも、頷いて聖剣を握り直した。
「うむ、そうだね」
入れ替わったタロスとゾイアも、「お願いします」「頼む」と口々に言った。
ニノフは改めて、聖剣を二人に向けた。
「聖剣よ! 心と肉体が入れ替わってしまったこの二人を、本来の状態に戻せ!」
だが、その直後、二人は呻くような叫び声を上げ、頭を押さえながら倒れ込んだ。
ゾイアの身体を持つタロスの方は、既に獣人化が始まっている。
ウルスラが悲鳴のような叫びを上げた。
「ああ、ごめんなさい! 無理に戻してはいけないのね! ニノフ兄さま、中止して!」
ニノフもすぐに決断し、再び聖剣に命じた。
「聖剣よ! 二人を戻すのは、もう止めよ!」
同時に二人の呻き声が止まったが、グッタリしたように床に横たわっている。
獣人化しかけたタロスの方も、徐々に人間の姿に戻りつつある。
ニノフは一旦聖剣を懐にしまい、ウルスラと協力して、まずゾイアを助け起こして椅子に座らせた。
次に、その間に完全に人間の姿に戻ったタロスを抱え、もう一つの椅子に掛けさせた。
ゾイアもタロスも体力を消耗しており、声も出ないようである。
このような場合であったが、ニノフは、僅か十一歳のウルスラが予想以上に力があることに驚いた。
「意外に強いのですね、ウルスラは」
ウルスラは含羞みながら、「いやですわ、ニノフ兄さま」と軽くぶつ真似をして、種明かしをした。
「これも魔道ですのよ。持ち上げる時、腕に理気力を籠めているんです」
「おお、そうですか。おれは勿論、妹のニーナも殆ど魔道が使えないのです。ニーナは癒しの力がありますが、あれは魔道ではないようなので」
ウルスラは、ハッとしたように、「そうだわ!」と声を上げた。
「二人が早く元気になるように、ニーナ姉さま、お願いします!」
ニノフの顔が上下して、瞳の色がウルスラと同じような、限りなく灰色に近い薄いブルーに変わった。
表情も、ニノフの時より随分柔和になり、微笑みながらウルスラに応えた。
「わかりました、ウルスラさん。やってみます。でも、その前に」
ニーナは席を立ち、ドーラに首を絞め上げられて床に座り込んだままのラクトスに近づいた。
「首はどうですか?」
初めて両性族の変身を目にしたらしいラクトスは、戸惑いつつ、「はあ、まだズキズキしますが、なんとか」と答えた。
ニーナは「そう。可哀想に」と言いながら、ラクトスの首の辺りに手を翳した。
蒼褪めていたラクトスの顔に、パッと血の気が戻り、ホーッと息を吐いた。
「ああ、温かいです。一遍に気分が良くなりました。ありがとうございます。何かこのお礼に、わたくしにできることがあれば、仰ってください」
「では、お願いがあります。バロード西北部の廃村に、父のカルス王が監禁されています。わたしたちもすぐに救けに行きますが、祖母のドーラがそこに戻ったかもしれず、心配です。すみませんが先に行って、ホンの少しの間だけ、時間を稼いでもらえませんか?」
「おお、それは無論です。わが身に代えても聖王をお護りするのが、わたくしの役目にございます。ですが、今は龍馬も手元におらず、間に合うかどうか」
ニーナはニッコリと笑った。
「ご心配なく。これでお送りしますわ」
ニーナは懐から聖剣を取り出すと、「このお方を、わが父カルスの許へ!」と命じた。
そのカルスは、魔道の対決になることを想定して女性形のカンナとなったものの、ドーラがあっさり退散したために、元の姿に戻っていた。
カンナに変身する際、無精髭は抜け落ちてしまったため、いつもの精悍な顔になっている。
「バドリヌ。念のため、周辺の警戒は続けてくれ。おふくろどのには、直に正規軍が余の救出に来ると言ったが、あれはハッタリだからな」
「ハッタリ?」
カルスは苦笑した。
「嘘という意味だ」
と、部屋の空中に、ポッと光る点が現れた。
すぐに膨らんで、半透明の光る球体となる。
「む! まさか、おふくろどのが戻って来たのか?」
カルスもバドリヌ親子も警戒する中、球体がパチンと弾け、出て来たのは秘書官のラクトスであった。
「おお、陛下、よくぞご無事で!」
「ラクトスか! 如何した?」
「そ、それより、あの魔女、あ、いえ、ドーラさまは?」
カルスは苦い顔になった。
「わからぬ。恐らく、どこかで報復の準備をしているだろうな」
カルスの言葉どおり、ドーラは復讐のためにある人物を唆そうとしていた。
ガルマニア帝国の若き皇帝、ゲルカッツェである。




