412 聖王奪還(26)
ゾイアの身体を乗っ取ったドーラは、実の孫であるウルスラを縛り上げ、自分の秘密を嗅ぎ回る秘書官のラクトスの首を絞め上げていた。
そこへ聖剣の力で跳躍して来たのは、ウルスラの庶兄であるニノフと、ドーラに身体を奪われたためタロスの身体を共有させてもらっているゾイアであった。
ニノフは聖剣を使って、ゾイアの身体からドーラと、恐らくは一緒にいるであろうドーンを追い出した。
一方、抜け殻となってガイ族の少年ハンゼに助けられた方のドーラは、息子カールの勧めで雑穀粥を食べようとしていた。
ところが、突然横を向き、食べていたものをペッと吐き出すと、テーブルを叩いて立ち上がったのである。
「このわたしに、なんて下賤ものを食べさせるんだい! ふざけるんじゃないよ!」
白髪の老婆であった顔がみるみる若返り、妖艶な美熟女のドーラに戻っていた。
無精髭の生えたカルスは、一瞬失望を露わにしたが、諦めたように長い息を吐くと、苦笑しながら「お帰りなさい、おふくろどの」と言った。
ドーラはフンと鼻を鳴らし、怯えたように自分を見つめているバドリヌ親子を睨みつけた。
「これは家族ごっこかい? 囚人と看守の懇親会かい? 大概にしな! おまえたちの生殺与奪を握っているのは、このわたしなんだよ!」
これには、黒尽くめの服に身を包んだバドリヌが、珍しく反論した。
「言われたの、逃がさぬように、死なさぬように、だけ。ちゃんと、約束、守って、いる」
カルスも横から「そのとおりだ、おふくろどの」と口添えした。
「バドリヌは、ちゃんと余の監視をしておりますし、この廃屋の周りには結界も張られています。共に食事をしたとて、心配ご無用ですよ」
そう言いながらも、カルスの顔に微妙な変化が起きていた。
パラパラと髭が抜け落ち、痩けていた頬が丸みを帯びて来ている。
ドーラは「騙したな!」と叫び、掌をカルスに向けて突き出そうとしたが、横からバドリヌとハンゼの投じた刀子が次々と飛んで来たため、何度も後方宙返りして、それを避けた。
その間にカルスは、髪も長く伸び、胸も膨らんで、完全に女性形のカンナに変身していた。
カンナは椅子から立ち上がり、片手で口を押さえながら、ホホホと笑った。
「騙すなどと、人聞きの悪いことを。母上さまとは違いますわ。バドリヌは、ちゃんと魔道と変身を封じる薬を飲ませましたのよ。最初の一回だけですけど。でも、このままでは、役目が終わった途端、母上さまからどんな仕打ちを受けるのか心配になって、予防線を張っただけですわ。わたしの魔道の力は母上程ではありませぬが、既にこの家の周辺は、ガイ族の者たちに囲ませております。おお、それに、追っつけバロード正規軍が、いつの間にか拉致されていた聖王の救出に来るはずですのよ」
誇らしげに言うカンナと、美しさでは然程引けをとらぬドーラの顔が、醜く歪んだ。
「ただで済むと思うな!」
カンナも態とらしい笑顔を消し、寧ろ、悲しげな顔になった。
「覚悟はいたしておりますわ。兄カルスは、心底ウィナさまを愛しておりました。その死を悼むあまり、随分非道なこともなさいました。自分をそういう立場に追い込んだ母上さまを恨んでいました。でも、先程の年老いたお姿に、心を動かされ、もう赦すお気持ちになっておりましたのよ。でも、こうなっては、致し方ございません。兄からの伝言です。バロード聖王の名において、母アルゴドーラおよび父アルゴドラスを、永久国外追放に処す、とのことにございます」
怒り狂うかと思われたドーラは、しかし、皮肉な笑みを浮かべただけであった。
「よう言うたな。必ずや、この日のことを後悔することになるぞよ」
ドーラはコウモリ変身することもなく、そのまま何処かへリープした。
ドーラの消えた位置を見続けていたカンナは、ポツリと呟いた。
「後悔なら、とっくにしてるわ」
その頃、林檎程の大きさの光の球となったゾイアの身体に、タロスの身体に宿ったゾイアが、今将に触れようとしていた。
ゾイアは顔を上下させ、タロスに尋ねた。
「よいか、タロスどの?」
「おお、お願いする」
意を決し、ゾイアは光の球体にそっと指を触れた。
「うっ!」
球体は光を明滅させると、ゾイアの指先からスーッと吸収された。
ゾイアの身体全体が光り出す。
と、光るゾイアの身体から、再び光だけが離れ、空中で丸まって球形に戻った。
その光の球体に、ツーッと縦に線が入って二つに割れ、今度はツーッと横に線が走って四つとなり、後は目まぐるしいほど細かく分裂して行った。
同時に全体が大きくなり、上下に伸びて次第に人型になってきた。
そこに出現したのは、ゾイアの姿をそっくりそのまま写し取ったかのような人間の姿であった。
いや、そうではなかった。
新しく出現した人物の髪は、ゾイアのようなダークブロンドではなく、鮮やかな金髪である。
そして、パチリと開いた目は、アクアマリンではなく、コバルトブルーであった。
それは、正にタロスの姿であり、その口から漏れた声も、ゾイアのものではなかった。
「こ、これは、いったい……」




