表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
429/1520

411 聖王奪還(25)

 聖王宮せいおうきゅうにおける唯一人ただひとりのバロード人秘書官であるラクトスは、王妃おうひウィナの死の真相しんそうせまっていた。

 その報告のためたずねた聖王カルスの私室で、ラクトスは野獣の咆哮ほうこうを耳にし、あわててカルスの安否あんぴを確かめた。

 部屋から出て来たカルスは、剣術の稽古けいこをしていただけだと言う。

 多少の不審ふしんおぼえながらも、ラクトスは、王妃殺害の実行犯であるクマール将軍をそそのかしたのが、カルスの母のドーラではないかと告げる。

 すると、しばり上げられ、猿轡さるぐつわまされたウルスラが、泣きながら姿を見せたのであった。


 動揺どうようするラクトスの目の前で、カルスの顔がドーラに変わった。

「長生きしたかったら、余計よけい詮索せんさくはするなと申したのに。馬鹿ばかな男よ」

 ドーラの片手がスルスルと伸び、ラクトスの首に巻き付いた。

 たちまちラクトスの顔が苦痛にゆがみ、真っ赤になった。

 太いひものようなドーラの腕を、何とか引きがそうとしているが、ラクトスの力ではどうにもならないようだ。

 と、部屋の空中にポッと光る点があらわれ、半透明の光る球体になったかと思うと、見るに大きくふくらんでパチンとはじけ、中から二人の男が出て来た。

 手に聖剣をかざしたニノフと、一時的にタロスの身体からだを借りているゾイアである。

 縛られたままのウルスラに面差おもざしがたニノフが、妹にチラリと視線を走らせながら、さやごとにぎった聖剣をドーラに突き付けた。

「ドーラさま、もうおめなさい!」

 ラクトスの首に巻き付いているドーラの腕が、ブルブルとこまかくふるえている。

 明らかに、げようとする力と、それをめようとする力が拮抗きっこうしている。

 そうしながらも、ドーラは恐ろしい目でニノフをにらんでいたが、フッと表情がゆるみ、ラクトスの首からスルスルと腕を戻した。

 ラクトスは激しく咳込せきこみ、その場に座り込んだ。

 ドーラは、今の一幕ひとまくなどなかったようなすずしい顔で、ニノフに皮肉なみを向けた。

「おやおや、誰かと思えば、わたしの孫じゃないか。まあ、もっとも、今じゃ王位継承権おういけいしょうけん剥奪はくだつされた、ただの庶民しょみんにすぎないがねえ。その庶民が、いったい何の権利があって、聖王の母であるわたしに命令をするんだい? あんまり生意気なまいきなことを言うと」

 話しながらも、美しかったドーラの顔に黒い獣毛じゅうもうがゾワゾワとえ、あごがヌーッと伸びてきた。

 口の中にきばが見える。

「おまえをってやるぞ!」

 口の構造が変わって、不快な雑音のじった声でそう叫ぶと、ドーラはニノフに飛び掛かろうとした。

「そこでまれ!」

 聖剣を向けてニノフが命じると、オオカミルプスのような姿になったドーラは、空中で固まったように停止して浮かんだままとなった。

 ニノフは視線をはずさずに、「ゾイア将軍、妹を!」と頼んだ。

 ゾイアは「おお、心得こころえた」とこたえ、寝台ベッドの上のウルスラのロープほどき、猿轡を外した。

「ゾイア!」

 泣きながら抱きつくウルスラをそのままかかえて、ゾイアはベッドの下にりた。

 ゾイアはやさしくウルスラの背中をでながら、ニノフに「大丈夫だ。怪我けがはしていない」と伝えた。

 ニノフはドーラに視線を向けたままうなずく。

 野獣の姿となったドーラは、まだ空中に浮いていたが、決してジッとしてはおらず、見えないいましめからのがれようと藻掻もがき、ガチガチと歯をらしている。

 ニノフは深く息を吸い、華奢きゃしゃな見かけによらぬりんとした声で、改めてドーラに告げた。

「アルゴドーラよ! そしてまた、そこにともにいるのならば、アルゴドラスよ! 聖剣の名においてなんじらに命ずる! その身体からはなれ、本来のおのれの身体に戻るのだ、今すぐに!」

 空中に浮かんだ野獣の身体が光り始めた。

 ドーラはなおも抵抗しているようで、身体がグニャグニャと変形をり返したが、最終的に林檎マールムぐらいの光の球体となって止まった。

 その状態で空中にとどまり、静かに明滅めいめつしている。

 ニノフは振り返り、「ゾイア将軍、今です!」と叫んだ。

 タロスの身体を借りたゾイアは、ウルスラをそっとろし、「しばらく待っていてくれ」と言いながら微笑ほほえんで見せた。

 ウルスラはだまって頷き、手で涙をぬぐった。

 ゾイアは、大きく息をくと、「よいか、タロスどの?」と言って、顔を上下させた。

 瞳の色がコバルトブルーに変わり、「おお、お願いする」とタロスが答えると、再び顔を上下し、瞳の色がアクアマリンに戻った。

 を決し、ゾイアは光の球体にそっと指をれた。



 同じころ、ゾイアの身体を乗っ取ったわりに抜けがらのようになり、白髪はくはつの老婆の姿となったほうのドーラは、カルスたちに保護され、共に雑穀粥ざっこくがゆを食べていた。

 カルスはすっかりやつれ、無精髭ぶしょうひげも伸びていたが、つか団欒だんらんを噛みしめるように、同じテーブルをかこむドーラやバドリヌ親子を笑顔で見つめている。

「ささ、おふくろどのの口に合うかどうかわかりませぬが、めぬうちにし上がってくだされ」

 言われたドーラは、素直すなおにスプーンで粥をすくって口に運び、ゆっくり味わうように咀嚼そしゃくしている。

 その表情はおだやかなものであったが、突然、ハッとしたように強張こわばらせた。

 すぐにドーラは横を向き、食べていたものをペッとき出すと、バンとテーブルをたたいて立ち上がった。

「このわたしに、なんて下賤げせんものを食べさせるんだい! ふざけるんじゃないよ!」

 その顔はみるみる若返り、妖艶ようえん美熟女びじゅくじょのドーラに戻っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ