409 聖王奪還(23)
白髪の老婆の姿となったドーラを抱きしめたカルス王は、同様に再会したバドリヌ親子と共に、一旦、廃屋の中に戻った。
「バドリヌ、周りに結界を張ってくれ。いや、余が逃げぬように張っているのは知っている。外部からの侵入者を防ぐためだ。それから、すまぬが、例の気持ちが落ち着く薬草茶を頼む。おふくろどのの分もな」
それだけ告げると、「さあ、おふくろどの、少し休まれよ」と、椅子に座らせた。
ドーラは素直にその言葉に従っている。
結界を張り終えたバドリヌが台所に向かうと、カルスは所在なげにしているハンゼを手招きした。
「バドリヌの息子だな?」
「うん。おれ、ハンゼ」
「そうか。では、ハンゼ。ここに座って、話を聞かせてくれ」
カルスは、ドーラと自分の座っている横の椅子をハンゼに勧めた。
ハンゼは遠慮がちに、その椅子にチョコンと腰掛けると、目の部分以外草色の布に覆われた顔をカルスに向けた。
「話、とは?」
カルスは、窶れて無精髭だらけの顔に久しぶりの笑みを浮かべながら、「おまえの見たことをだ」と答えた。
ハンゼは目だけでドーラの様子を窺い、「いいのか?」と再び尋ねた。
カルスは苦笑した。
「ああ。おふくろどのは、記憶を失くしているようだ。こんなに優しいおふくろどのなど、今まで見たこともない。ずっとこのままでいて欲しいくらいだが、まあ、一時的なものであろう。が、今は安全だ。何でも話してくれ」
「わかった、おれ、話す」
ハンゼは、たどたどしい言葉で、廃都ヤナンでゾイアたちと出会って以来のことを話した。
カルスは、ニノフの妹ピリカの存在は知らなかったらしく、「そうか。リリルは再婚していたのだな」と感慨深そうに吐息をついた。
実際には、カルスとリリルは結婚をしておらず、再婚という言葉は当たらないのだが、ハンゼもそこはわからぬため、聞き返すこともなかった。
話が、ゾイアの身体をドーラが乗っ取ったところになると、ハンゼは横に座っているドーラ本人にチラチラ視線を走らせたが、ドーラの顔には何の表情も浮かばず、呆然としている。
ハンゼの話を聞き終わったカルスは、フーッと長い息を吐いた。
「なんということだ。おふくろどのは、自らの野心のため、息子や孫だけでなく、自分自身すら棄てられたのか」
自分のことを言われていることさえわからず、ドーラはバドリヌが用意したハーブティーを美味そうに飲んでいる。
カルスは目に涙を浮かべながら、そんな自分の母に話し掛けた。
「おふくろどの。今の優しいお姿は嬉しい限りだが、厳しく余を叱りつけるのが本来のお姿。なんとしても、元のおふくろどのにお戻しいたしまする」
その厳しい方のドーラは、ニノフが握った聖剣の力で、王都バロンの聖王宮に押し戻されていた。
但し、転んでもただは起きぬドーラは、自分の孫のウルスラを攫って来ている。
ウルスラの身体に巻き付けている長く伸びた腕はそのままに、ドーラはドカリと聖王の椅子に座った。
「くそうっ、あと一歩であったのに! ニノフめ、このままで済むと思うな!」
美しい顔に似合わぬ汚い言葉で罵るドーラを、ウルスラは怯えたように見ていたが、きつく奥歯を噛みしめ、意を決したように話し掛けた。
「お祖母さま、もう争いごとは止めてください! ニノフ兄さまや、お父上を苦しめないでください!」
ドーラは嫌な目つきでウルスラを見た。
「ほう。年端もいかぬ孫娘がわたしに説教かい? 千年早いよ!」
ウルスラに巻き付いているドーラの腕が、ギュウッと締め付けられた。
忽ち、ウルスラの顔が苦痛に歪む。
「や、やめて、お祖母さま! ああ、助けて、ゾイア!」
ドーラはフンと鼻で笑った。
「お生憎さまだねえ。そのゾイアの身体が、今おまえを苦しめているのさ。全く便利な身体だよ。こんなこともできるんだよ」
ドーラの顔に黒い獣毛が生えて来た。
同時にボコボコと変形し、口がニューッと伸びると、唇の隙間から牙がはみ出てくる。
その口が大きく開くと、猛獣のような咆哮を発した。
一方、聖剣の力でドーラを追い返したものの、ウルスラを連れ去られたニノフは、声を荒げて自分を責めた。
「ああっ、なんたることだ! せっかく万能の聖剣を手にしながら、みすみす妹を奪われてしまうとは!」
タロスの身体を借りているゾイアが、すまなそうに頭を下げた。
「われが迂闊であった。咄嗟に、ウルスラに投げるより、ニノフどのに渡した方が危険が少ないと判断したが、ウルスラの身の安全にまで智慧が回らなかった。本当に申し訳ない」
ニノフは小さく首を振った。
「いや。先程の場合、それが正しい判断でした。あの祖母が聖剣を手にしていたらと思うと、身の毛がよだちます。そんなことより、妹が心配です。一刻も早く、跳びましょう」
「おお、跳躍だな。おできになるのか?」
「いえ。おれにその能力はありません。女性形のニーナも、使える魔道は癒しだけです。ですが、今は聖剣があります。その力に任せるよりありません」
「うむ、そうだな。では、お願いする」
ニノフは頷くと、聖剣を高く掲げた。
「聖剣よ! おれとゾイアどのを、ウルスラの許へ連れて行け!」




