表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
426/1520

408 聖王奪還(22)

 ドーラアルゴドーラは、みずからが幽閉ゆうへいさせた息子カルス王と、その監視役であるガイ族の女族長おんなぞくちょうバドリヌの間に、恋愛感情にたものが芽生めばえているのではないかとうたがっていた。

 当然のことながら、最初はもっと打算的ビジネスライクな関係であった。

 バドリヌは、かつて自分のつかえた相手、すなわち、バロード共和国総裁であったカルボンきょうや、小悪党こあくとうのリゲスからだまされたという思いが強い。

 ヤナンを再び自分たちのものにするため、王政復古おうせいふっこしたバロード政府に接近し、諜報活動ちょうほうかつどうになっているドーラにガイ族を売り込んだものの、今一つ信用していなかった。

 それが今回、男性形のドーンアルゴドラスの時とはいえ、自分の実の息子を監禁かんきんするよう命じられ、不信感ふしんかんつのらせた。

 目的のためなら自分の子供すら犠牲ぎせいにする相手が、約束を守るとは思えない。

 そこで、バドリヌは両天秤リスクヘッジにかけたのである。

 幽閉しているカルスの様子を見ながら、徐々じょじょに薬の量を減らし、逃げる意志がないとわかると、しばっていたロープほどいて、ある程度自由にさせた。

 勿論もちろん、万が一にも逃げられぬよう、廃屋はいおくまわりには特殊な結界けっかいが張られており、そこから出ようとすれば、ガイ族の仲間が駆け付けて取り押さえる手筈てはずになっている。

 が、今まで、そのような緊急出動スクランブルは一度もなかった。

 薬がまったく切れても、カルス自身がすっかり逃げる気持ちをくしていたのである。

 自分の最愛さいあいの妻が実の親の陰謀いんぼうによって殺されたこと、また、自分の子供たちも殺されようとしていること、さらに、子供同様に思っている国民たちも殺されかねないこと、そして何より、自分にはそれをめられないことに、すっかり絶望していた。

 こうして、バドリヌの監視の目的は、カルスを逃がさないことから、カルスに自殺をさせないことに変わった。

 バドリヌは新たに、カルスの食べ物に気持ちが前向きになる薬を混ぜたり、心が安定する薬草茶ハーブティーを飲ませたりしていた。

 そうするうちに、バドリヌの気持ちの中に、カルスへのあわれみの感情が生まれたのは自然なことであったろう。

 そのため、愈々いよいよカルスの処刑が命じられそうな兆候ちょうこうさっしたバドリヌは、危険を覚悟の上でひそかに逃がすため、廃屋の外に連れ出そうとした。


 その時である。

 バドリヌは、廃屋に近づいて来る人の気配けはいを感じた。

 見れば、巡礼用のマントを退け、草色のぬので全身をおおった子供が走って来る。

「ハンゼ! 無事、だった、か!」

「母者!」

 ハンゼが駆け寄り、黒尽くろずくめの服に身をつつんだバドリヌにきついた。

 しかし、ハンゼの後ろからヨロヨロと走って来る人物を見て、息子が無事であったことの喜びもき飛ぶほど、バドリヌは動揺どうようした。

 それは、髪が真っ白になり、老いさらばえた姿ではあったが、バドリヌが今最も見つかってはならない相手、ドーラであったのだ。

 ところが、ドーラはバドリヌがわからぬようで、熱に浮かされたようにブツブツと同じ言葉をり返している。

「息子は、わたしの息子は」

 そこへ、バドリヌの後ろから、見る影もなくやつれ、無精髭ぶしょうひげやしたカルスが出て来たのである。

「まさか、おふくろどのか?」

 カルスのうつろだった目が、見開みひらかれた。

 だが、駆け寄って来ていたドーラの方が直前で立ち止まり、首をかしげている。

「わたしの、息子?」

 その様子を見て、カルスはみずからドーラに近づき、その肩をやさしくき寄せた。

「そうです。あなたの息子、カルスでございますよ」

 呆然ぼうぜんとしていたドーラの目から、一粒ひとつぶの涙がこぼれ、皺深しわぶかほほを流れ落ちた。



 同じ頃、ゾイアの身体からだを乗っ取った方のドーラは、識閾下しきいきか回廊かいろうを通じて聖剣のを知り、その回廊づたいに跳躍リープしつつあった。

 その目的地であるニノフの私室には、ニノフ本人と、タロスの身体を借りたゾイアと、ウルスラ王女の三人がいた。

 ドーラにつながる回廊の危険を防ぐため、聖剣の力でそれをふさごうと、今将いままさに、ウルスラが召喚しょうかんの言葉をとなえたところであった。

「サンジェルマヌスさま! 今こそお力をお貸しください!」

 ウルスラの掌の上に、ポッと光る点があらわれ、みるみるふくらんで細長く伸びてきた。

 と、それが実体化する寸前すんぜん、横から伸びて来た手が、それをつかみ取ったのである。

 ウルスラが驚愕きょうがくの叫びを上げた。

「ああっ、何をするの、ゾイア!」

 まだ実体化する前の保護膜シールドに包まれた聖剣をうばったのは、なんとタロスの身体を借りているゾイアであった。

 が、ニノフにはゾイアの行動の意味がわかったらしく、「違う、見なさい!」と、空間の一点を指差ゆびさした。

 伸ばしたままのウルスラのてのひらの上に、別の光る点が現れ、そこから人間の手がニューッと出て来たのである。

 その手が何もない空間をまさぐるうちに、腕が見え、肩が出て、ドーラの全身が出現した。

 それは、息子と再会した老婆とはても似つかぬ、シルク長衣トーガを着た妖艶ようえん美熟女びじゅくじょの姿であった。

「くそっ!」

 ドーラは、その美しい顔をゆがめ、舌打ちした。

 しかし、すぐに、くうを切った手をそのままスルスルと何倍にも伸ばし、ゾイアが持っている聖剣を取り上げようとした。

「ゾイア、わたしに投げて!」

 ウルスラが叫び、ゾイアは「おう!」と叫んで聖剣をとうじた。

 が、その方向は、ウルスラとは逆であった。

 突然、自分に投げられた聖剣を、ニノフはしっかりと受け取った。

 それを高くかかげ、こう命じた。

「聖剣よ! わが祖母そぼドーラの姿をしたこの者を、識閾下の回廊より戻し、その回廊をじよ!」

 と、ドーラの背後にポッと黒い点が現れ、黒い穴となって、ドーラの身体が足の方から徐々に吸い込まれていく。

「そうはいかぬわ!」

 ドーラが叫び、伸びていた腕がクルクルと回って、横に立っていたウルスラの身体をからめ取った。

「やめて、お祖母ばあさま!」

 悲鳴をげるウルスラも一緒に、二人は黒い穴に吸い込まれて消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ