404 聖王奪還(18)
タロスが立ったまま意識を失い、自分はゾイアであると言い始めた頃、ゾイアの身体を乗っ取ったドーラは、獣人の姿になったり、鳥人の姿になったりと、色々な変身を繰り返して悦に入っていた。
「この自由自在さはどうじゃ! 無論、わたしとて多少の変身はできるが、ここまで意のままではない。しかも、その力強さは比類がない。唯一人で一万の蛮族軍を退却させたというのも、宜なるかな!」
一頻り変身を愉しんだ後、本来のドーラの姿に戻った。
いや、いつも見せる美熟女の姿より若い、先程のプラチナブロンドの美女である。
但し、衣服は再生されず、均衡のとれた見事な裸身を晒している。
「ふむ。変身に全く時を要しないのが気に入ったぞえ。本当に、本来の肉体よりも優秀じゃの。ん?」
その時になってドーラは、その本来の肉体が、ガイ族の少年ハンゼと共に消えたことに気づいた。
「逃げたか。まあ、よいわさ。最早古い肉体に未練はない。おお、それより、この身体なら、反抗的な息子を態々洗脳する必要もないのう」
一瞬にして若いドーラから、筋骨隆々としたカルス王の裸体に変わった。
「おお、これでよい。一先ずこの姿で聖王宮に戻り、命令系統を立て直そう。然る後に、孫たちの玩具のような国を潰して中原の西半分を支配下に置く。さて、問題はその後だ。カルスはガルマニア帝国と共に中原の東西二分割を目論んでいたが、別に、ガルマニアに遠慮する理由などない。一気に中原を、いや、マオール帝国とて怖れることはないのう。うむ。こうしてはおれぬ」
興奮気味に独り言ちると、カルスの姿に羽根を生やして飛び立った。
実は、ハンゼはその一部始終を近くの岩陰から見ていたのである。
カルス王の姿でドーラが飛び去った後、ホッと息を吐いた。
「良かった。もし、本気で、捜されたら、危ない、ところ、だった」
その傍らには老婆の姿になった、本来のドーラがいる。
呆然としており、目の焦点が合っていない。
その視線が、ふと、ハンゼのところで止まった。
「おまえは、誰じゃ?」
明らかに記憶を失くしており、草色の布で全身を覆ったハンゼを、不思議そうな顔で見ている。
ハンゼはその機会を捉え、ゆっくりと話し掛けた。
「おばあさん、おれと、行こう」
「はて、どこへ行く?」
「おれの、母者の、いるところ。そして、おばあさんの、息子、いるところ」
「息子? わたしの息子?」
「そうだ。困った時、親子は、助け合う、のだ。いつも、母者が、そう、言う」
老婆の姿となったドーラは少し考えていたが、頷いた。
「行こう。わたしも息子に逢いたい」
一方、自分をゾイアだと主張するタロスは、ニノフの私室に入り、勧められるまま応接用のゆったりした椅子に掛けた。
その向かい側に座ったニノフは、相手を気遣うように「薬草茶でも、ご用意しましょうか?」と尋ねた。
「ああ、いや、今はよい。それより、このようなことになって、すまぬ」
頭を下げようとする相手を、ニノフは笑顔で止めた。
「いえいえ。詳しい事情はわかりませぬが、決してあなたのせいではないと思いますよ。ええと、ゾイア将軍と、お呼びしてよいのですね?」
「おお、無論それで構わぬ。われ自身は、全く普段の自分と変わらぬのだ。ただ、変身ができぬだけで、それも先日経験したことではあるし」
そこへ、部屋の外からマーサ姫の声がした。
「ニノフ殿下、失礼いたしまする! 妹君、ウルスラ王女をお連れいたしました!」
ニノフは笑顔のまま、「おお、どうぞ、お通ししてください」と答えた。
扉が開き、珍しくおずおずとした様子でウルスラが入って来た。
が、ニノフの顔を見た瞬間、弾けるような笑顔になった。
「ニノフ兄さま!」
ニノフが椅子から立ち上がり、「ようこそウルスラ姫」と言った時には、ウルスラは駆け寄って、ニノフに抱きついていた。
そうして並ぶと、二人の面差しは、やはり似ている。
「お逢いしとうございました!」
ニノフは少し戸惑いながらも、初めて会う妹を優しく抱きしめた。
「さあ、積もる話もあるでしょうが、今は、緊急事態です。おれに力を貸してください」
「ああ、勿論ですわ。すみません、燥いでしまって」
恥ずかしそうにニノフから離れ、ウルスラは、改めて椅子に座ったままの相手を見た。
「あなた、ゾイア、なのね?」
「うむ。自分ではそのつもりだが、この身体はタロスどののものらしい」
ウルスラは「わたしを見ていて」と告げると、ゆっくり俯いてから、ゆっくり顔を上げた。限りなく灰色に近い薄いブルーであった瞳の色が、鮮やかなコバルトブルーに変わっている。
「ぼくだよ、ウルスだよ。ゾイアも、同じようにやってみて」
「うむ。わかった。やってみよう」
ゾイアは真似をして、ゆっくり俯き、ゆっくり顔を上げた。
すると、瞳の色が、アクアマリンから、ウルスと同じコバルトブルーに変わっていた。
ウルスを見てハッと驚いた顔になり、「おお、ウルスさま!」と叫んだ声は、タロスのものであった。




