403 聖王奪還(17)
ウルスラの庶兄であるニノフは、今後難民となること必至の辺境の人々を受け入れるため、中原側に拠点となる国を創ろうとしていた。
それが野心からの行動であると父カルス王に誤解されぬよう、老師ケロニウスの仲介によって相互不可侵の約束が成立していたはずであった。
ところが、バロードはサイカ包囲戦に敗れ、矛先をニノフたちのいる中原西北部に転じて来た。
ニノフは、『荒野の兄弟』のルキッフたちと協力しつつ、また、記憶を取り戻したタロスの活躍もあって、バロード蛮族軍の侵略を跳ね返した。
そして今、ニノフたちは、拠点とする暁の女神の砦で今後の防衛を考える会議を行うため、ニノフ、マーサ姫、タロス、ペテオ、ボローの五人が張り出し露台に集まっていた。
ボローが、現在カルス王の消息がわからなくなっているとニノフに告げた際、突如タロスが立ち上がり、直立不動の状態で気絶した。
ペテオがタロスの肩を掴んで揺さ振ったが、その瞳の色はいつものコバルトブルーではなく、アクアマリンに変わっていた。
ニノフが、あなたは誰かと尋ねると、自分はゾイアあると名乗ったのである。
皆唖然とする中、ニノフは冷静に質問を続けた。
「どうしたのですか、ゾイア将軍?」
「われの身体をドーラに奪われたのだ! われの能力を身に付けたドーラは無双の存在となり、最早何人たりともその勢いを止められなくなる。一刻も早く、われの身体を取り戻さねば!」
黙って成り行きを見ていたマーサが立ち上がり、ツカツカと歩み寄った。
「タロス、しっかりせよ! 正気に戻れ、これは命令じゃ!」
ゾイアであると名乗ったタロスは、グッと返事に詰まった。
本人も、おかしいとは思っているのだろう。
ところが、一番最初に衝撃を受けたはずのペテオが、「ちょっと待ってくれ、姫御前!」と声を掛けた。
「おれも変だとは思う。だが、これは間違いなく、うちの大将だ。ゾイアだ。副将のおれが保証するよ。信じてやってくれ!」
ボローも「同感だ」と声を上げ、ニノフも頷いている。
その混乱の最中、ややのんびりした声が聞こえて来た。
「ああ、漸く帰って参りましたよ、懐かしのわが砦へ! ニノフ殿下は何処に? 妹君をお連れしましたよ」
それは、クジュケであった。
空中を浮遊しながら近づいて来たが、徒ならぬ気配を感じたのか、次第に声が小さくなってくる。
オープンテラスにいるニノフに気づくと、スーッと寄って来た。
「何かございましたか?」
ニノフは苦笑して「こちらが聞きたいくらいですが」と言いつつも、簡単に事情を話した。
「ということです。おれは、このお方はゾイア将軍だと信じました。そして、仰るとおりならば、大変なことになると思います。クジュケどのは、今、妹が一緒だと言われましたね。祖母ドーラのことには、おれよりずっと詳しいと聞いています。是非お連れしてください」
「か、畏まりました!」
クジュケが銀髪を振り乱して飛んで行くと、ニノフはフーッと息を吐いた。
大勢だと余計に混乱するからと、ニノフは、ゾイアと名乗るタロスだけを自分の執務室に連れて行くことにした。
「ボロー、クジュケどのが戻って来られたら、一先ず、ウルスラ王女だけおれの部屋に通すように言ってくれ」
そう告げると、「ゾイア将軍、こちらへ」と先に歩き出した。
「ああ、うむ」
二人が室内に戻ると残った三人でまた議論となったが、男二人に負けずにマーサが言い返した。
「こんな馬鹿げた話があるか! あれがゾイアだというなら、タロスはどこへ消えたというのじゃ!」
「タロスは、そのまま身体の中にいるはずです」
そう応えたのは、ウルスラである。
急ぐため、ギータを抱えたクジュケと一緒に飛んで来ていた。
さすがに、マーサはサッと臣下の礼をした。
「お目に掛かり、恐悦至極に存じまする!」
このような場合であったが、ウルスラはニッコリ笑って首を振った。
「マーサ姉さま、どうか、儀礼抜きでお願いします。わたしがホンの幼子の頃でしたが、わたしの、あ、いえ、ウルスの誕生日のお祝いに、お父上のマリシ将軍の代理として、バロードにお見えになったことがございましたね。真っ赤な甲冑に身を包まれた凛々しいお姿を、今でもハッキリと覚えておりますわ」
ずっと不機嫌であったマーサの顔が、蕩けるような笑顔に変わった。
「有難き幸せ! ささ、ニノフ殿下がお待ちでございます。わら、いや、わたくしめがご案内いたします!」




