401 聖王奪還(15)
カルス王が幽閉されている廃村に、漸く近づいたゾイアとハンゼ。
村に入る直前、二人の前方の空中に全身黒尽くめの人物が現れ、ハンゼを手招きした。
が、それは母のバドリヌではなかった。
顔を覆う布を外すと、いつもより若い姿のドーラが現れたのである。
「おやおや、随分地味に変身したものだねえ。だけど、わたしの目は誤魔化せないよ。獣人将軍、いや、ケルビムよ!」
何か言い返そうと身構えていたゾイアの動きが、不自然に止まった。
ゾイアの身体がビクンと痙攣し、口を閉じたまま、喉の辺りから妙な声が聞こえてきた。
全く抑揚がなく、別の言語を無理に中原の言葉に翻訳しているかのようだ。
「……無効パスワード……再設定拒否……ジョブ0004400……サピエンスサピエンス0000621……再現率92.0032パーセント……再現率低下中……深刻なエラーが発生……回避モード……回避失敗……システムダウン……セキュリティ崩壊……パスワード再設定拒否……ジョブ終了不可能……パーソナリティのみ異次元通路にて緊急避難」
ゾイアの身体に異常が発生しているのは明らかだった。
平凡な中原南部人に見せるため髪も瞳の色も薄い茶色になっていたのが、一気に色素が抜けたように白くなった。
痩せた体型も、妙に丸みを帯びてきて、微かに光り始めている。
それを見て、ドーラは舌打ちした。
「鍵となる言葉は『ケルビム』のはずなのに、どうなってるんだい、これは?」
当然のことながら、ドーラは、ゾイアが自らの呪縛を解くため、ツイムに頼んで「今こそおまえは自由だ、全ての力を解き放て」と言わせたことなど知らない。
しかし、ゾイアのやり方は不完全であったようで、新たに別の言葉を設定していなかったため、中途半端な状態になっていたらしい。
ドーラは小さく首を振り、「もう一度試してみるしかないねえ」と呟くと、大きな声で言った。
「ケルビムよ、わたしに従え!」
ゾイアの身体がビクンと震えると、突如倍ほどに膨らみ、出鱈目な位置に沢山の手足や目や口が出現した。
「こ、これは」
さすがにドーラも不安になって見守る中、ゾイアはボコボコと変形を繰り返しながら、通常の五倍ぐらいまで大きくなった。
と、限界まで膨張したらしいゾイアの身体が、急速に縮み始めた。
同時に眩く光り出す。
更に全体が丸みを帯び、ついに、林檎の実ぐらいの光る球体となって空中に浮いている状態で、変化が止まった。
ドーラはホッと息を吐いた。
「これじゃこれじゃ。話に聞いたケルビムの初期状態ぞよ。こうしてはおれぬわ」
ドーラは、無意識にギュッと抱え込んでいたハンゼを放した。
ハンゼは、ゲホゲホと咳込みながら、崩れるようにその場に座り込む。
だが、最早、ドーラはハンゼのことなど気にも掛けていない。
魅入られたように球体となったゾイアを見つめている。
「ふむ。これを逃がさぬようにするには。おお、そうじゃ。合体すればよいのだな」
ドーラはニヤリと笑うと、空中に浮かぶ光る球体に近づいた。
恐る恐る手を伸ばすと、指先をチョンと触れた。
「うっ!」
球体は光を明滅させると、ドーラの指先からスーッと吸収された。
ドーラの身体全体が光り出す。
と、光るドーラの身体から、再び光だけが離れ、空中で丸まって球形に戻った。
その光の球体に、ツーッと縦に線が入って二つに割れ、今度はツーッと横に線が走って四つとなり、後は目まぐるしいほど細かく分裂して行った。
同時に全体が大きくなり、上下に伸びて次第に人型になってきた。
そこに出現したのは、ドーラの姿をそっくりそのまま写し取ったかのような人間の姿であった。
体型まで忠実に再現されているが、髪の毛はプラチナブロンドではなく、ダークブロンドになっている。
パチリと目が開くと、瞳の色も薄いブルーではなく、薄いアクアマリンである。
それは、正にドーラの姿をしたゾイアであった。
ところが、ドーラ本人は意識を失くし、フラフラとその場に倒れ込んだ。
その姿は先程までの若さを失い、白髪の老婆のようであった。
それを見下ろしながら、ドーラの姿となったゾイアは、正にドーラそのもののような魔女の笑みを浮かべている。
「ふん。老いさらばえた身体など、もう要らぬわ。わたしは不死身の存在となって、この世界全てをわがものとするのじゃ!」
哄笑するゾイア、いや、新しいドーラを、倒れたままのハンゼは凍りついたように見ていた。
その頃、ウルスラたちは暁の女神に到着しつつあった。
「わたくしが、先触れして参ります」
そう言うと、クジュケは返事も待たずに飛んで行った。
ギータは苦笑して「せっかちなやつじゃのう」と言いながら、ウルスラを見た。
「ん? どうした、王女?」
ウルスラは細かく震えていた。
「わからないの。ニノフ兄さまに初めてお会いするから、その緊張だと思うのだけれど、何故か不安でたまらないのよ」
ところが、飛んで行ったばかりのクジュケがすぐに戻って来た。
顔色が変わっている。
「大変でございます! タロスどのの様子が変だと騒ぎになっています! 何でも、自分はゾイアで、すぐに自分を助けてくれ、と仰っているそうです!」




