400 聖王奪還(14)
その日の朝、廃村に幽閉されているカルス王は、自分でよそった雑穀粥を黙々と食べていた。
やつれた顔には無精髭が伸び放題で、とても一国の王には見えない。
そこへ、ふらりとやって来た母のドーラは、散々自分の息子を虚仮にしながらも、嬉しさを隠し切れない。
カルスを救けようとゾイアとウルスラが別々にやって来ているため、有翼獣神か聖剣か、少なくともどちらか一つ、場合によっては、両方がドーラのものとなるだろう、というのである。
そうなれば、中原統一どころか、マオール帝国まで含めた地上全てを自分のものにできるかもしれないと嘯く。
その上で、ドーラは再び自分に従うよう、カルスの説得を始めた。
が、カルスは顔も上げず、こう答えた。
「お断りします」
怒り狂うかと思われたドーラは、しかし、声を上げて笑い出した。
「そう言うと思うたわ! よいよい。おまえに少しでも覇気が残っておらぬかと、念のために聞いてみたまでのこと。ここで廃人として静かに余生を送ればよい。まあ、次の聖王が誕生するまでの僅かの期間であろうがのう」
自分の冗談が気に入ったのか、ドーラはまた、一頻り笑った。
その間も一心に食べていたカルスは、予め用意していた食後の薬草茶を美味そうに飲み干し、カップを置いた。
その後、虚ろな目で、ボソボソと告げた。
「おふくろどの。少し横になりたいので、お話がそれだけならば、もうお帰りください」
ドーラは両方の眉を上げ、惚けた顔をした。
「ほう? 帰ってもよいが、一つ気になることがある。バドリヌは何処へ行った?」
カルスも、母を真似たように惚けた顔を見せた。
「さあ。余は見張られている方で、バドリヌの監視役ではございませんので」
ドーラは、猶も疑わしそうに息子の顔を見ていたが、フッと肩を竦めた。
「まあよい。こちらも忙しい身の上。囚われの王と見張り役の女に恋愛感情が芽生えたとて、知ったことではない。だが、これだけは言っておく。万が一、おまえが脱走するようなことがあれば、ガイ族は一人残らず皆殺しにする。バドリヌの幼い子も含めてのう。心せよ!」
カルスは眠そうに生欠伸をしながら、「伝えておきます」と返事したが、それだけ言うのが精一杯のようで、椅子に座ったままウトウトし始めた。
ドーラは、フンと鼻を鳴らすと、その場で宙返りし、灰色のコウモリとなって飛び去った。
それから暫くして、椅子で寝落ちしているカルスの傍に、ユラリと黒い人影が現れた。
黒尽くめの服を身に纏ったバドリヌである。
顔も黒い布を巻いているため、目の部分しか外からは見えない。
「王さま、寝るなら、寝台、連れて、行こう、か?」
カルスの目が薄く開いた。
「首尾は?」
バドリヌは小さく首を振った。
「警告は、したが、獣になる男、帰らない。ハンゼと、一緒に、ここへ、来る、つもり、だ」
「そうか、やはりな。まあ、仕方あるまい。それより、おふくろどのが、ウルスラもこっちに向かっていると言っていたが?」
バドリヌは、また首を振った。
「わからぬ。わたしの、力では、感知、できなかった。但し、事前の、情報では、直接、ここでは、なく、暁の女神を、目指して、いる、ようだった」
「ほう、ニノフのところか。それは、却って危ないな。この間のような小競り合いでは済まなくなる。下手をすれば、全面戦争だ。そうなる前に、何とかせねば」
カルスは天井を見上げ、フーッと長い息を吐いた。
「いっそ、余がこの世に居ない方が、子供たちのためかもしれん」
バドリヌが手を揉むようにしながら、「やめて!」と声を上げた。
「子供のため、親が、死ぬことも、親のため、子供が、死ぬことも、あっては、ならぬ! 親子、共に、生きる、べき!」
カルスは、フッと微笑んだ。
「今の言葉、おふくろどのに聞かせてやりたいものだ。それはそれとして、さて、どうしたものか」
一方、ゾイアとハンゼは、漸くその廃村が目視できる位置まで近づいていた。
目立たぬように、ゾイアは痩せ型の中原南部人に変身していた。
髪も瞳の色も薄い茶色で、顔立ちも細っそりしている。
ゾイアより少し先を走っていたハンゼが立ち止まり、前の方を指差した。
「あの村。王さまと、母者、いるところ」
「おお、そうか。ん?」
ハンゼが指差している前方の空中に、ユラリと人影が浮かんだ。
全身黒尽くめの姿である。
先程のように景色が透けることもなく、実体であった。
そのままスーッと地上に降りると、ハンゼを手招きしている。
ゾイアが「ちょっと待て」と言った時には、ハンゼは「母者!」と叫んで走り出していた。
ハンゼが駆け寄ると、黒尽くめの人影は確り抱きしめた。
が、ハンゼは何故か腕を突っ張って、顔を背けている。
「ううっ、おまえ、母者、じゃない、な!」
片腕だけでガッチリとハンゼを抱え込みながら、黒尽くめの相手は、片手で顔を覆う布を外した。
見事に輝く長いプラチナブロンドの髪が流れ出て、その下から皮肉な笑みを浮かべたドーラの顔が現れた。
体型をバドリヌに似せるためか、いつもの姿より、幾分若く見える。
その限りなく灰色に近い薄いブルーの瞳は、真っ直ぐにゾイアを見ていた。
「おやおや、随分地味に変身したものだねえ。だけど、わたしの目は誤魔化せないよ。獣人将軍、いや、ケルビムよ!」
何か言い返そうと身構えていたゾイアの動きが、不自然に止まった。




