398 聖王奪還(12)
クジュケが用意した跳躍の中継点は、出入口のない洞窟の中であった。
そこへリープして来たドーラは、散々ウルスラたちを脅したが、ギータが言うように、やはり本命のゾイアがいなかったためか、あっさり引き上げた。
ウルスラは、それだけでなく、ドーラは四方を囲まれたこの場所を警戒したのだろうと指摘する。
クジュケがウルスラの言った意味を理解するのとほぼ同時に、ランプの揺らめきが止まった。
クジュケもギータも、蝋人形のように固まった。
時の狭間の中で、何処からともなく、コツコツと杖をついて歩く足音が聞こえてきた。
「サンジェルマヌスさま!」
ウルスラの呼び掛けに応えるように、痩せた老人の姿が現れた。
だが、サンジェルマヌスは酷く疲れている様子であった。
「王女よ。別れの秋が来た」
「ええっ、そんな!」
今にも泣き出しそうなウルスラを、サンジェルマヌスは慈しみ深い目で見つめている。
「悲しむことはない、王女よ。長命族とて、不死ではない。たとえ何千年生きようと、いずれは寿命が尽きる。その意味では、数日しか生きぬ小さな虫と同じだ。儚いものよ。まあ、その先に、来世などというものがあるのか、死んでみねばわからぬ。しかし、わかっていることもある。わしが死んだ後も、この世界は続く、ということだ。嬉しくもあり、気懸りでもある」
如何に賢くとも、僅か十一歳のウルスラには、死期の近い老人の感慨は理解できず、ただ悲しみに沈んでいる。
「王女よ。そんな顔をしないでくれ。これは自然の理なのだ。それより、これからのことを話そう」
「これから?」
「ああ。つい先程まで、ドーラがおったであろう?」
「ご存知だったのですね」
「うむ。識閾下の回廊を通じて、王女の危機意識が高まっているのを感じたから、近くに待機して潜時術で介入する時機を見計らっていた。その気配を感じたから、ドーラはあんなに焦って逃げたのだ」
「識閾下?」
「所謂、夢の中の世界じゃよ。おまえが、いや、あの時はウルスの方であったか、ダフィネの面を被った際に、回廊を開いた。これは通常の時空間とは何の接点もないから、誰にも邪魔をされたり、傍受されたりせずに、自由に情報を伝えられる。これを、おまえとわしとタロスに繋いである」
「まあ、タロスと! それで時々」
「そうだ。スカンポ河で溺れていたタロスを発見したのは、実は、わしが最初であった。直接関わるのは危険と判断し、近くにいたルキッフという男が保護するように仕組んだ。その時に回廊を開いたのだ。おまえと逢う前にな」
このような場合ではあったが、ウルスラの表情が少しだけ明るくなった。
「そうだったのですね。では、この三人だけの秘密の連絡網ですのね」
「ところが、もう一人増えた」
「え? 誰ですの?」
「おまえたちのいう獣人将軍だ。あやつが初期化から再起動するため、タロスと二度目の合体をした際に、回廊も複写されてしまった。今のところ、悪い影響はない。逆に、そのうち役に立つかもしれぬ。それより、そろそろ本題に入ろう。座ってよいかな?」
「ああ、勿論でございます」
座るとすぐに、サンジェルマヌスは話し出した。
さて、気懸りの最大のものは、無論、聖剣のことじゃよ。
おまえの記憶には残っておらぬであろうが、前回、白魔の活動を一時停止させるため、おまえに聖剣を使ってもらった。
その時に確信したよ。
聖剣はおまえが持つべきだ、とな。
但し、普通に保持しておれば、必ずドーラに狙われる。
まして、おまえは情に流され易いところがある。
気をつけていても、あやつの巧言に騙されかねない。
そこで、わしも考えた。
せっかく識閾下の回廊があるのだから、それに紐づけた亜空間を設定し、そこに保管してはどうか、とな。そして、実行したよ。
今後、おまえが危機を感じ、心に強くわしの名を叫べば、おまえの手の届く位置に転送されて来る。
必要がなくなったら、戻れと命じてくれれば、自分で亜空間に帰るはずだ。
次に考えねばならんのは、ドーラにどう対処するのか、ということだ。
識閾下の回廊については、心配ないと思う。
但し、おまえが頻繁に聖剣を使えば怪しまれるから、本当の危機以外では使わぬことだ。
それ以外の部分では、敵対はしても、極力直接の対決は避けた方がよい。
おまえも辛いだろうしな。
それから、獣人将軍こと、有翼獣神のことだ。
おまえたちはゾイアと呼んでいたな。
では、わしもゾイアと言おう。
おまえたちも気づいたように、ドーラは今、ゾイアを狙っている。
聖剣がなくとも、ゾイアを自在に操ることができれば、中原を制覇できると思っている。
そして、それは多分正しい。
わしも、ゾイア、即ち、ケルビムにどの程度の力があるのかは、わからん。
多少は知っていることもあるが、今は言えぬ。
主知族は三種の利器の一つであるというが、そうではない。
他の二つもそうだが、ノシス族は偶々それを手に入れただけで、本来の所有者は別にいる。
それは、この世界の外の存在だ。
それがどのような存在なのかは、北の大海に浮いている、あの宙船を見れば、想像がつくだろう。
人間とは違う、極めて異質な存在なのだ。
そこで、最後にこれだけは言っておく。
この世界は、良くも悪くも人間のものだ。
わしの願いは唯一つ。
普通の人間が、普通に暮らせるような世界になって欲しい。
それだけだ。
名残りは惜しいが、これでお別れじゃ。
ああ、それから、この場の記憶は、わしが生きている間は封印しておく。
これを想い出した時には、わしは、もうこの世にいないと思ってくれ。
さらばだ、王女よ!




