397 聖王奪還(11)
バロードの流浪の王女ウルスラは、幽閉された父カルス王を救うため、魔道師のクジュケ、小人族のギータと共に、庶兄ニノフがいる暁の女神を訪ねようとしていた。
クジュケは、直接エオスに跳躍するのは危険と判断し、中継点の座標をウルスラに伝えた。
中継点は、出入口のない洞窟の中である。
クジュケはここなら安全だと胸を張るが、そこへ突如誰かがリープして来る。
それは、ウルスラの祖母であり、カルス監禁の首謀者であるドーラであった。
ウルスラは父カルスの解放を懇願するが、ドーラは恍けて相手にもしない。
そこへ、横合いから口を出そうとしたクジュケを、ドーラは片手から出る理気力だけで洞窟の壁に叩きつけたのである。
一瞬にして、和平会談の際のチャダイ将軍の最期を思い出したウルスラは悲鳴を上げた。
が、ドーラはフンと鼻で笑った。
「わが孫娘ウルスラよ。おまえの耳は駄馬の耳なのかい? その男が壁にぶつかる音が聞こえたかい?」
言われたウルスラはギクリとして、壁に貼り付いたまま動かないクジュケを見た。
クジュケは四肢をダラリと伸ばし、少し俯いて目を瞑ってが、パッと顔を上げて目を開き、苦笑した
「わたくしとしたことが、咄嗟に浮身用のロゴスを背中側に出し、激突を回避するのが精一杯で、やられたフリをするための擬音を出す余裕はありませんでした」
よく見ると、クジュケの身体は壁面に接しておらず、ホンの少しだけ離れている。
クジュケは、銀髪を揺らしてフワリと降り立ち、得意げに笑った。
「わたくしとて魔道師の端くれ、これくらいの防御はできまする。おお、ご挨拶もせずに申し訳ございませんでした。お初にお目に掛かります。わたくしは、ウルスラさまのお供をさせていただいております、クジュケと申します。はて、あなたさまを、何とお呼びしたらよろしいのでしょう?」
ドーラはまた鼻で笑った。
「好きに呼ぶがよい。その、隅っこに隠れて、反撃の機会を狙っている小っこいやつものう」
言われたギータは、ランプの明かりの陰からゆっくりと歩み出た。
手には護身用の小さな細剣を持っている。
「あなたさまのことは、和平会談に同行した仲間のツイムから色々聞いておる。ツイムの感想は唯一言であったよ。『決して油断してはならない相手』じゃとな」
ドーラはホホホと声を上げて笑ったが、その目は少しも笑っていない。
「ほう。あの海賊上がりとかいう日に焼けた色男が、そんな殊勝なことを申しておったのか。満更、脳味噌がない訳ではなかったのだのう」
ウルスラは、ドーラのいきなりの出現とそれに続く乱暴な振る舞いに衝撃を受けていたが、漸く落ち着いた様子で、改めてドーラに頼んだ。
「お祖母さま、お願いです! 父上との間でどのような揉め事があったのかは存じませんが、どうか、解放してあげてください!」
ドーラは、それまで見せなかった凄みのある表情でウルスラを睨みつけた。
「和平会談の際には、あの教主サンサルスの顔を立てて穏便に済ませてやったが、あまり付け上がるようなら、孫とて容赦せぬぞえ!」
言い様、掌をウルスラに向けたが、ウルスラの方が一瞬早く同じ構えをしていた。
ウルスラの表情も険しくなっている。
が、どちらも波動は出さず、ドーラが先に手を下げ、表情も緩めた。
「ふん。容赦せぬのはお互いさまか。はてさて、いったい誰に似たものやら」
猶も構えを解かないウルスラの代わりに、クジュケが「まあまあ」と割って入った。
「穏便に話し合おうではありませぬか、ドーラさま。わたくしたちはカルス王さえご無事であればよいのです。ああ、いえ、無論、ご自由の身にしていただき、どなたかを誘き寄せるためにご利用などなさらずに、ですが」
ドーラが再び掌を構えるより、早く、今度はクジュケも同じ構えをとった。
ニヤリと笑っている。
「おお、先程も申し上げたとおり、これでもわたくしも魔道師の端くれ。同じことができますよ」
ドーラは憎々しげに「カルボンの飼い犬だったくせに、何を偉そうに」と吐き捨てた。
「まあ、よいわさ。今回の無礼の数々はいずれ必ず償わせよう。しかし、わたしの掌中にカルスがいることを忘れるな。下手に身柄を奪おうなどとすれば、後悔することになるぞよ!」
捨て科白だけ残し、意外にもあっさりとドーラは消えた。
自分が追い詰めたはずなのに、クジュケは首を傾げた。
「あまりにも早いお発ちでしたね。何のために来られたのでしょう?」
ギータが笑った。
「決まっておるではないか。ここにゾイアが一緒にいるのではないかと、様子を見に来たんじゃよ」
ウルスラも、ホッとしたように微笑んだ。
「そうね。それに、クジュケの選んだこの場所が良かったのよ」
クジュケも、「ああ」と声を上げる。
「成程! 四周を囲まれた場所ですね! さすがのドーラさまも怖れるあの方の」
ウルスラが「そうよ」と答えた時、洞窟を照らすランプの揺らめきが止まった。
クジュケもギータも蝋人形のように固まる中、何処からともなく、コツコツと杖をついて歩く足音が聞こえてきた。
「サンジェルマヌスさま!」
ウルスラの呼び掛けに応えるように、痩せた老人の姿が現れた。
たが、サンジェルマヌスは酷く疲れているようである。
「王女よ。別れの秋が来た」




