395 聖王奪還(9)
ツイムからの手紙で父の幽閉を知り、すぐにでも救出に行きたいと焦るウルスラ。
その部屋へ跳躍して来たクジュケは、手紙を読んで首を傾げる。
そこへウルスラの様子を心配したギータも加わり、この王の誘拐自体が、ゾイアを誘き寄せる罠ではないかと見抜いた。
途方に暮れるウルスラに、クジュケはある提案をしたのであった。
「ニノフ殿下の許です。よろしければ、王女も一緒に行かれませんか?」
ニノフの名を聞いて、ウルスラの表情がフッと和んだ。
「ああ、ニノフ兄さま! わたしは救国の英雄としての噂しか知らないけど、いったいどんなお方なのかしら? やっぱり、ゾイアとかタロスのような逞しい人でしょうね」
クジュケは笑って首を振った。サラサラした銀髪が揺れる。
「いえいえ、とんでもないことでございます! 一見すると女性かと見紛うような嫋やかな身体つきをなさっておりますよ。ところが、その剣の腕は幼き頃から神童と称えられ、長じては、バロード傭兵騎士団で並ぶ者がいなかったと聞いております」
「まあ、ウルスにご教授いただきたいわ!」
すると、ウルスラの顔が上下して、瞳の色がコバルトブルーに変わった。
「じゃあ、きっと魔道の技も凄いよね! ウルスラに教えてもらわないと」
ウルスは、軽い仕返しのつもりで言ったのだろうが、クジュケはまた首を傾げている。
「そういえば、わたくしはまだニノフ殿下の妹君であるニーナさまを拝見したことがありませんでした。あまりにも運命の変転が甚だしく、自分でも、今はどなたのために何をしているのか、わからなくなる瞬間があります。それも、今回ニノフ殿下の許へ帰る理由なのですが、抑々」
話が長くなりそうな気配を察し、ギータが苦笑して割り込んだ。
「身の上話は、道中でゆっくり聞こう」
ウルスラが驚いて、「ギータも行くの?」と聞いた。
ギータは、皺深い小さな顔に満面の笑みを浮かべて頷いた。
「前回、暁の女神を訪ねた時は、それこそ、誘拐されたゲルヌ皇子を救うためにゾイアの手を借りたいと頼みに行き、碌に話もできなんだ。ニノフ殿下も然り乍ら、ケロニウス老師とじっくり話したい。おお、それに、タロスの様子も気になるしのう」
そこへ、部屋の外から「また、わたしは置いてきぼりかい?」というライナの声がした。
困った顔をするクジュケとギータに、部屋に入って来たライナは笑って「冗談よ!」と手を振った。
男勝りのキリリとした美貌で、三人を順番に見ている。
「わたしがいなくなったら、このサイカは、魔女の呪いで住民がみんな石になったという伝説の街みたいになっちまうよ。復興も目途がついたし、みんなで行ってきな」
代表してギータが「すまんのう」と詫びたが、ライナは笑顔で出て行った。
ギータとウルスラが簡単に身支度を整えたところで、クジュケが「座標は設定してあります」と長い数字をウルスラに伝えた。
ウルスラが、「あら」と首を傾げた。
「暁の女神の位置じゃないわね」
「はい。直接跳躍するのは、やはり危険です。一旦緩衝地帯に跳び、そこから低空飛行でエオスに入りましょう」
「わかったわ。じゃあ、ギータをお願いね」
クジュケはちょっと渋い顔で、「まあ、そうなりますね」と頷いた。
ギータはクリッとした目で悪戯っぽく笑い、「大切に運んでくれよ」と言いながら、ポンとクジュケの腕の中に飛び込んだ。
クジュケは、ギータを腕に抱えて益々渋い顔になった。
「うっ、重いですね」
「当たり前じゃ。こう見えても、わしの身体は筋肉質でな。さあ、いいぞ。出発じゃ!」
ウルスラが「じゃあ、お先に!」と光に包まれて消えた。
クジュケはホッと息を吐いて、「まあ、仕方ありませんね」と独り言ちながら、ギータ共々光の保護球に覆われて跳んだ。
一方、馬に変身したゾイアは、ガイ族の少年ハンゼを乗せて、バロード西北部を北上していた。
馬の首のところに、小さなゾイアの顔が現れた。
「そろそろ日が暮れる。近くで休もう」
しかし、ハンゼは首を振った。
「おれ、まだ、大丈夫。もう少し、行こう」
「いや、われが見るところ、おまえは相当に疲れているぞ。落馬しては危険だ。休んだ方がよい」
猶も愚図るハンゼを宥め賺し、ゾイアは適当な繁みに馬体を寄せて止まった。
ハンゼを下ろすと、ゾイアは人間の体型に戻った。
携行食を取り出してハンゼに与えたが、「食べたく、ない」と言う。
何か言いかけて、ゾイアはフッと表情を緩めた。
「食欲がないなら、無理には勧めぬ。だが、今急いでも、現地に着くのが真夜中になってしまう。良く知らぬ場所に夜襲を掛けるのは危険だ。ならば、ここで少し眠り、明け方に到着する方がよい。食べぬのなら、寝よう」
ハンゼは一瞬迷っていたが、「では、食べる」と告げた。
既に日が傾き、灌木の木陰になるため、ハンゼは顔を覆う草色の布の、下の方を外した。
ゾイアは笑いながら食料を半分に千切り、それをハンゼに渡すと、自分も残りの半分に齧りついた。
それを不思議そうに見ていたハンゼが、「獣になる男も、ものを、食べる、のだな」と呟いた。
「うむ。幸い、何でも好き嫌いなく食べれるようだ」
他人事のように言うゾイアに、ハンゼが尋ねた。
「獣になる男、母者は、いるのか?」




