390 聖王奪還(4)
朝食もそこそこに、カルス王を奪還すべくゾイアは飛び立った。
残されたツイムは義勇軍五千名に必要な指示を与え、避難民の受け入れを『自由の風』のロムに依頼する使者を出し、蛮族軍との戦いの結果を認めた手紙をウルス宛てに書いた。
そこまで済ませたところで、一人で寝ているはずのロックの部屋に、様子を見に戻った。
「どうだ、具合は? ん? 何してるんだ!」
驚いたことに、ロックは寝台から降りて体操のようなことをしていたのである。
「ジッと寝てるばっかりじゃ、身体が鈍っちまうからな。それよりツイムの兄ちゃん、少し話す時間はあるか?」
「あ、ああ、いいぞ。一とおりの手配は終わったからな」
「じゃ、隣で話そう。もう少ししたら、ピリカが薬草茶を持って来てくれるはずだ」
ツイムが返事をする前に、ロックはサッサと隣の応接室へ歩いて行った。
寝室と繋がった続き部屋になっているのだ。
ちょうどそこへ、ハーブティーのポットを持ってピリカが入って来た。
「あら、ツイムさんの分のカップもすぐに用意しますわ」
「すまねえな」
そう言ったのはロックの方である。
言いながら片目を瞑って見せた。
ピリカの頬が少し赤らむ。
ツイムは苦笑しながら椅子に座った。
二人分のカップが揃い、一口ずつハーブティーを飲んだところで、ツイムは「で、話って何だ?」と聞いた。
ロックは珍しく憂わしい表情になった。
「うーん、何て言ったらいいのか、上手く言えねえんだが、おっさんは、あれで大丈夫なのか?」
ピリカとの恋愛の相談でもされるのかと微笑んでいたツイムの表情が、一気に曇った。
「そう、か。おまえにも、不自然に見えるのか」
ツイムの言葉を聞いて、ロックは腑に落ちたように頷いた。
「うん、不自然、って言い方があったな。そうだよ。おいらは、おっさんが最初に現れた頃からの朋友だからさ、中原の誰よりもおっさんのことは知ってるつもりだ。おっさんは、メチャメチャ強くて、何でも知ってて、しかも、いざとなれば変身もできる、謂わば超人だけど、その心には弱いところもあった。そりゃそうだろう。自分がどこの誰かもわからず、いや、人間かどうかすら疑わしくて、平常心でいられる訳がねえ。ところが、昨夜のおっさんは」
その先はツイムが引き取った。
「ああ、自信に満ち溢れていたな」
「そうそう。それに何だろう? やたらと自由、自由って言ってたな。みんなの自由を護らなきゃいけない、みたいなことをさ」
ツイムはフーッと長い息を吐いた。
「おれのせいだ」
ロックは、ツイムの意外な返事に戸惑った。
「はあ? おっさんの自信満々が、なんでツイムの兄ちゃんのせいなんだ?」
「うむ。そうだな。おれのせい、というのは言い過ぎか。おれはゾイア将軍の指示どおりに言っただけだからな」
ロックが、少し苛立って首を振った。
「意味がわかんねえよ!」
ツイムは、また深い息を吐いた。
「すまんな。全部を言うことはできないが、差し障りのない程度の説明をするから、それで勘弁してくれ」
あれは、誘拐されたゲルヌ皇子を救けに行った時のことだ。
おお、そうだ、おまえは置いてけぼりを食ったって言ってたな。
まあ、結果としては、逆におれたちの方が皇子に助けられた訳だが、その後の対応を決める会議の席上で、突然、ゾイア将軍が変身して暴れ出した。
その時、ゲルヌ皇子が妙な呪文みたいな言葉を唱え、最初、変身をするな、みたいなことを命令した。
すると、光る玉になりそうだったんで、改めて、人間の形になれ、とか言ったんだ。
それで、形だけは人間に戻ったが、木偶人形みたいな状態になった。
その時、おれと一緒に傍にいたクジュケが、偶々例の言葉を口にした後、元のゾイア将軍に戻ってくれと頼んだ。
覿面に効果があり、おれたちの良く知っているゾイア将軍になったよ。
ああ、良かったと思いきや、ゾイアは変身できなくなっていた。
本当に普通の、まあ、智慧も力も人一倍あるにせよ、人間の将軍になっていた。
さっきおまえは、ゾイアには元々心に弱いところがあると言っていたが、その時まで、おれたちは全然そんなことは感じていなかった。
ところが、変身できなくなったことを切っ掛けに、ゾイアは悩みだした。
自分は本当は何者なんだろうととね。
おれとギータで慰めるうち、おれはどんどんゾイアが好きになった。
力になってやりたいと思った。
ゾイアの方も、悩みを打ち明けることによって気持ちが晴れ、おれに同目で喋ってくれと言ってくれた。
本来なら向こうは将軍、おれは北方警備軍では精々百人長にすぎなかった。
だが、そういう差を超えて、朋友になれた。
おまえもそうだろう?
おれは、このままでいいと感じたし、その方がゾイアも幸せなんじゃないかと思ったよ。
だが、戦況の変化がそれを許さなかった。
相手は蛮族軍一万、それもメギラ族とクビラ族を主体とした精鋭だ。
ゾイアが変身しない限り、義勇軍に勝ち目はない。
実は国境を越える前、ゾイアがおれに耳打ちしたのは、そのことだ。
例の呪文みたいな言葉を思い出してくれとな。
そして、続けてこう言ってくれと。
『今こそおまえは自由だ。全ての力を解き放て』
その時すぐには思い出さなかった。
思い出したのは、愈々切羽詰まって、ここで変身してくれなきゃ全滅するって状況だった。
それは上手くいったよ。
変身したゾイアは、今までにないくらいに巨大化し、蛮族軍一万を蹴散らした。
それは好かったんだが、おれの言葉が効き過ぎたみたいで、今は少々自信過剰になってしまってる。
それに、変な使命感みたいなものも芽生えたようだ。
おまえが指摘したように、全ての自由を護る、ってな。
勿論悪いことじゃないさ。
しかし、相手はあの魔女ドーラであり、魔王ドーンだ。
付け込まれるんじゃないかと心配になり、ゾイアに釘を刺した。
必ず無事に戻って来いとな。
まあ、魔道師が使う言霊縛りほどじゃないが、多少の効果はあると思う。
聴き終わったロックは、「おいらがついて行ってやりたかったなあ」と悔しがった。
それを宥めるように、ツイムはロックの肩をポンポンと叩いた。
「大丈夫さ。先にニノフ殿下のところに行くと言ってからな。ケロニウス老師というお方もいるし、おお、何よりタロスがいる。ゾイアが無茶をしないよう、止めてくれるさ」
ところが、ゾイアは先に、ガイ族のハンゼ少年を見つけたのである。




