388 聖王奪還(2)
恩讐を超えて聖王カルスを救うべきであると力説するゾイアに、老軍曹トニトルスは感激で涙したが、ロックは反対した。
「おっさん、大丈夫かよ? いつもの冷静なおっさんらしくねえぞ。煮え滾る湯に手を突っ込んで、茹で卵を掴み取るみてえな話じゃねえか」
その間も、ピリカはロックに掌を向けながら、心配そうに成り行きを見守っている。
ツイムもロックに同調した。
「おれもそう思う。ドーンだかドーラだか知らんが、ウルス王子とウルスラ王女の祖父母に当たる人物なら、ダナムの和平会談の時に見たよ。王女との約束で詳しいことは話せないが、これだけは言える。心底恐ろしい相手だ。その相手の手の内にあるカルス王を助け出すのは、生半可なことじゃないぞ」
ゾイアは不敵にニヤリと笑った。
「われも、どういう相手かは凡そ察している。並々ならぬ人物であることもわかっているつもりだ。それでもやらねばならぬ。それ以外に、現状を打破する方法はない」
「現状?」
ツイムの問いに、ゾイアは一度全員を見回してから答えた。
われらは義勇軍としてヤナンの市民を無事に避難させることに成功した。
しかし、その後は、どうする?
一つの方法は、『自由の風』のロムどのたちに受け入れてもらうということが考えられよう。
かつての包囲軍一万名によって枯れた井戸の掘削が成功し、廃墟となっていた都市が蘇った。
最近耳にしたところでは、自由都市リベラという名にするそうだ。
都市の規模としても、後数千名の受け入れは可能だと言うし、軍人以外の一般市民が増えることも、都市機能の充実には必要だ。
だが、本来であれば、廃都ヤナンをここまで再生したのだから、所謂『新市民』たちはここに住み続けたいはずだ。
例えば、バロード国内の自治領というような形でな。
恐らく、カルス王もそこまで考えて、ロムどのに接触したのではあるまいか。
われも、それが望ましいと思う。
おお、すまん。
ハンゼたちにも、ここに住む権利はあるな。
これは理想論だが、バロード国内を幾つもの自治州に分け、蛮族たちも部族ごとに住み分けてはどうかと思う。
そうすれば、現在のような軋轢も随分緩和されるのではないか。
その上で、ニノフどのの『エオス大公国』、ウルスたちの『自由都市同盟』などと緩やかな同盟関係を保って、専制的でない中原統一が出来上がるのが、最良の道と思う。
まあ、それでも猶、北方および辺境からの脅威にどう対処するのか、ガルマニア帝国との関係をどうするのか、暗黒帝国マオールの侵略をどう防ぐのか、問題は山積しているがな。
いずれにせよ、このままバロードが中原の暗黒帝国となることは、避けねばならん。
そのためにもカルス王を救出し、権力を取り戻してもらうのだ。
いつになく熱く自分の理想を語るゾイアを、いつもとは逆にロックが冷めた声で窘めた。
「おっさん。おいらがこんなことを言うのはおかしな話だが、無茶なことを言わないでくれよ。確かに、おっさんは超絶的な力を持っているだろうさ。だけど、それは戦闘力だ。襲って来る敵は斃せるかもしれねえ。だが、おっさんは王さまでも皇帝でもないんだ。目を醒ましてくれよ」
何か反論しようとしたゾイアを、ツイムが抑えた。
「いや、そうでもないぞ、ロック。最終的な理想の実現は、それこそニノフ殿下やウルス王子の仕事かもしれん。だが、このままカルス王の問題を放置して、おれたちがヤナンを撤退すれば、遅かれ早かれ、間違いなくこの地はドーンの率いる蛮族軍に蹂躙され、元の廃都に、いや、本物の廃墟にされるだろう。何故なら、今回の騒動で、ここが叛乱の拠点と成り得ることがハッキリしたからだ。ハンゼには気の毒だが、ドーンにはここをガイ族に戻すつもりなど、最初っからないだろう」
ジッと話を聞いていたハンゼは、悔しそうに聞いた。
「やっぱり、母者、騙された、のか?」
それには、ゾイアが答えた。
「われもそう思うぞ、ハンゼ。ガイ族には不本意だろうが、このヤナンをガイ族に渡すくらいなら、ドーンは蛮族を住ませるだろう。ところで」
ゾイアは不思議に明るい表情で、もう一度皆を見回した。
「ロックの心配もわかるが、われは一人でもカルス王を救うつもりだ。勿論、それはわれ個人の野望などではないし、皆が協力してくれれば、心から有難いと思う。事情があって言えないこともあるが、われは正気だし、カルス王を奪還する自信もある。少々その自信が過剰に見えるなら、気持ちの高揚がそうさせているのだろう。今、われは本当に自由になったと感じている。そして、自分の自由と同様に、他人の自由も大切にしたいのだ。わかってくれ、ロック」
ロックも苦笑せざるを得なかった。
「わかったよ、おっさん。あんたに変な野心があるなんて、おいらも思っちゃいないさ。それより、もう夜も更けた。そろそろ寝ようぜ。おいらは怪我人なんだから、労わってくれよ」
皆ホッとしたように笑い、トニトルスの計らいで、ゾイアやツイムだけでなく、ハンゼにも部屋が宛がわれた。
ところが、翌朝、忽然とハンゼの姿が消えたのである。




