384 もう一人のヒーラー(4)
ピリカの家は、元は貴族のための宿屋であった建物を、病気や怪我をした者の施療院に改装したものだという。
その二階の続き部屋の寝室に、重傷を負ったロックを寝かせ、隣の応接室でゾイアはピリカの身の上を聞いていた。
そこへピリカの祖父トニトルスも加わり、少し場が和んだところへ、寝ていたはずのロックが起きて来たのである。
愉しそうだから自分も話に参加したいというロックに、トニトルスが愉しくて笑っている訳ではないと言うと、ロックは珍しく真面目に反論した。
「わかってるさ。おいらだって、いろんな酷い目に遭ってきたんだ。涙が枯れたら笑うしかねえ。柄にもねえことを言うが、それが生きるってことだろ?」
唖然としてロックの顔を見つめる三人に、ロックはまたニヤリと笑って見せた。
「偉そうなことを言っちまったが、実は、こうして立ってるのは結構しんどいんだ。良かったら、こっちの部屋で話してくれねえか。おいらは横になって聴くからさ」
ロックを叱りつけようと身構えていたトニトルスは、結局、笑い出してしまった。
「どこまで我儘なやつなのだ。まあ、仕方あるまい。そっちに行ってやろう。おお、そうだ。食欲はあるか?」
ロックは自分の腹に手を当てて少し考えていたが、「不思議だ。腹が減ってる」と笑って答えた。
「ふん。いいだろう。ピリカ、何か用意してくれ。四五人前だ」
ゾイアは手を挙げて「いや、われは」と断ろうとしたが、トニトルスは首を振った。
「もう日も暮れる。今日は泊まって行け。部屋ならまだ幾らでもある。今そこに来た者の分もな」
ゾイアが振り返ると、部屋を出るピリカと入れ違いに、ツイムが現れた。
「勝手に入ってすまない。玄関で声を掛けたが返事がなく、どうしようかと考えていると、ロックの声がしたような気がして、急いで上がって来たんだ。ロック、おまえ大丈夫なのか?」
ロックはヘヘッと力なく笑うと「ちょっと無理した。もう寝るよ」と言いながら、その場にへたり込みそうになっている。
ゾイアが素早く動いて抱き留め、「言わぬことではない」と言いながら、寝台へ運ぶ。
枕を重ねて折り、背中に宛がって上半身だけ起こした形に横たえた。
「おっさん、すまねえな」
殊勝に礼を述べるロックに、ゾイアは「この姿勢が辛くなったら、いつでも言ってくれ」とだけ告げた。
トニトルスはピリカを手伝うと言って部屋を出て行ったため、ゾイアとツイムで椅子やテーブルを寝室側に移動した。
食事の支度を待つ間、ゾイアはツイムに尋ねた。
「任せきりにしてすまなかった。状況を教えてくれ」
「うむ。一応、市内を隈なく調べた。既に死んでいたメギラ族以外にも多少蛮族が入り込んでいた形跡はあったが、みんな逃げたようだ。こっちは、避難誘導を終えたロックの隊を併せて五千名になったからな。確認が終わったところで、日も落ちたし、宿営の準備をしながら、念のため交替で市内を巡回させてる。それと、ないとは思うが、夜討ちに備えて各方面に見張りを立ててる」
ゾイアは嬉しそうに、「完璧だ」とツイムを褒めた。
すると、ベッドのロックが、「おいらだって頑張ったんだぜ」と口を尖らせる。
ゾイアは苦笑して、「すまん」と詫びた。
「われが発見した時には、おまえはもう意識がなかったからな。改めて言おう。よくやった、ロック。民間人を護るため、われにさえ斃せなかったギルガを、よくぞ仕留めた。凄いものだ」
ロックは照れて「へへへ」と笑ったが、ツイムは呆れたように「おいおい」と窘めた。
「今回は偶々傍にピリカさんがいたから助かったものの、下手すりゃ死んでたんだぜ。あんまり無茶するなよ」
丁度戻って来たトニトルスも、「わしの協力があったことも忘れるなよ」と口を挟む。
ロックはまた口を尖らせた。
「なんだよ、もう。褒めたり貶したり。こっちは怪我人だぜ。労わってくれよ」
そこへ旨そうな匂いと共に、シチュー鍋を抱えてピリカが笑顔で入って来た。
「少なくとも、わたしはロックさまに感謝していますわ。ヤナンの新市民に一人の犠牲も出なかったのは、ロックさまのお陰ですもの。このようなものしかありませんけど、たんと召し上がってくださいな」
「おお、ありがてえ。おいらの女神さま!」
トニトルスが「調子に乗るな、阿呆」と言ったが、その顔も半分笑っていた。
ゾイアとツイムも食器の準備などを手伝い、シチューとパンだけの質素な食事ではあったが、その美味しさと温かさに皆満足した。
怪我人のロックでさえ、シチューをお代わりしたくらいである。
食後の薬草茶を飲みながら、トニトルスはフーッと長い息を吐いた。
「何年ぶりであろう。このように大勢で食事をするのは。まあ、最後の晩餐かもしれぬが」
「おじいさまったら、縁起でもないことを言わないで」
ピリカは顔色を変えてトニトルスの言葉を遮ったが、意外にもゾイアが「いや、そうかもしれぬ」と同意した。
「われらは、あくまでも義勇軍だ。一先ずヤナンの住民を避難させたが、この地を占領する訳にはいかぬ。早々に撤退せねば、本格的な戦争となろう。残念だが、おぬしらも国外に脱出するしかあるまい」
皆黙り込んでしまった、その時。
コンコンと窓を叩く音がして、妙な抑揚の囁きが聞こえた。
「ピリカ先生、教えたい、ことが、ある」




