383 もう一人のヒーラー(3)
ゾイアは、ロックの生命の恩人であるピリカから、ニノフと兄妹である経緯を聞いている。
二人の母であるリリルは霊癒族であり、その癒しの力で若き日のカルスの生命を救った。
それが縁となり、親の決めた許婚がありながら、リリルはカルスの子を産んだ。
それがニノフであった。
だが、王国を建国するまでは自分が両性族であることを知られたくないというカルスから、親子共々サナト族の隠れ里に帰るように命じられてしまう。
行き場を失くした親子は極貧の生活に落ちたが、ニノフは幼くして剣の才能を見込まれ、武人の養子となった。
その武人こそ、ピリカの父のウエントスであった。
だが、ウエントスには妻がいたのである。
ゾイアは「うーむ」と唸った。
「われは詳しく知らぬが、中原は側室を認める文化だったと思うが」
ピリカは悲しげに首を振った。
「それは王族など一部の階級だけです。中原でも一夫一妻が基本ですし、たとえ跡継ぎがいない夫婦でも、ニノフさまの場合のように養子を迎えるのが普通です。まして、父の奥さまは王国の重鎮クマール将軍のご親戚で、また、異常に嫉妬深い方だったと聞いています」
ゾイアは気の毒そうにピリカを見た。
「そうか。われは本当にそういう機微には疎いが、大変だったであろうな」
ピリカはすぐには答えず、既に空になっていたゾイアと自分のカップに、ポットに残っていた薬草茶を注いだ。
それを一口飲み、フーッと長い息を吐いてから、ポツリと言った。
「母は、奥さまに殺されかけました。その時、わたしはまだ母のお腹の中でした……」
奥さまは、密かに手の者に妊娠中の母を誘拐させ、郊外の別邸に幽閉しました。
すぐに殺さなかったのは、生まれてくる子が男であれば、ニノフさまを廃嫡し、父の本当の子を跡継ぎにするためです。
ニノフさまがカルス王の落とし子など、その頃は誰も知りませんでしたから。
ところが、生まれたのは女の子でした。
それがわたしです。
本来なら、その時点で、母もわたしも殺される手筈になっていました。
それを救ってくれたのが、祖父のトニトルスです。
奥さまの行動を怪しみ、内々に調べていたそうで、刺客が放たれる前に、母とわたしを別の場所に移してくれたのです。
祖父からそれを聞かされた父は激怒し、奥さまを責めました。
すると、奥さまは逆上し、自ら親戚のクマール将軍に、自分の夫の不義を訴えたのです。
父と祖父は共に武人の地位を失い、ニノフさまは居たたまれずに家を飛び出し、外国の傭兵になられたそうです。
已む無く、父と祖父は、わたしたち母子を隠した寒村に合流し、貧しいながらも束の間の幸せな時を過ごしました。
しかし、幸せは長く続かず、父は流行り病に倒れ、それを助けようと力を尽くした母も、共にこの世を去りました。
それから長い年月が過ぎてカルボン卿の謀叛が起き、カルス王は死んだものと思われていました。
因みに、謀叛の実行役こそ、かのクマール将軍でした。
祖父は昔気質の人ですから、主君を裏切ったクマール将軍の下にいなくて良かったと言っておりました。
ところが、運命は更に変転し、そのクマール将軍を破って首都バロンを陥落させた蛮族の帝王こそ、カルス王その人だというのです。
王政復古の後、祖父は年齢も顧みず、勇躍して軍に志願しました。
自分と息子が失った名誉を回復するのだと、張り切っておりました。
それが……。
「そこから先は、わしが話そう」
ピリカが驚いて振り向くと、廊下側に繋がる方の扉からトニトルスが入って来るところであった。
「ハーブティーは残っておるのか?」
聞かれたピリカは、慌てて「すぐに準備します」と部屋を出た。
それを見送って、トニトルスは視線をゾイアに向けた。
「孫娘が明け透けに何でも喋っているような気がして、心配で見に来たら、案の定であったな。忘れてくれ、と言っても無理だろうな?」
ゾイアは悪戯っぽく笑った。
「記憶というものは気紛れだ。憶えておきたいことは忘れるし、忘れてしまいたいことは頭から離れぬ。しかし、それを他人に言うか言わぬかの分別はあるつもりだ」
トニトルスは、初めて笑顔を見せた。
「面白い。おまえは化け物ではあるが、聖王宮にいる阿呆どもよりは信用できそうだな。気に入った。酒でも酌み交わしたいところだが、酒がない」
ゾイアは笑って「どうせ酒を飲んだところで、われは酔わぬ。いや、酔えぬ」と答えた。
トニトルスは声を低め「実は、わしも酒が飲めん」と告げて、片目を瞑った。
二人が声を上げて笑っているところへ戻って来たピリカは、驚いてポットを落としそうになったが、それをテーブルに置くと、つられて笑い出してしまった。
その時、寝室側に繋がる方の扉が開いた。
「おいおい、こっちは瀕死の重傷なんだぜ。ちっとは遠慮しろよ」
ゾイアは思わず立ち上がり、「ロック、いかん! 寝ていろ!」と叫んだ。
ロックは、壁に手を着いて漸く立っている状態であったが、ニヤリと笑った。
「みんなが愉しそうに笑ってるのに、寝ていられるかよ。おいらも混ぜてくれよ」
トニトルスが口を曲げ、「愉しくて笑っておる訳がなかろう」と言い返すと、ロックは「わかってるさ」と、真面目な顔で応えた。
「おいらだって、いろんな酷い目に遭ってきたんだ。涙が枯れたら笑うしかねえ。柄にもねえことを言うが、それが生きるってことだろ?」




