382 もう一人のヒーラー(2)
メギラ族の若き族長ギルガとの死闘によって重傷を負ったロックを救ったのは、特別な癒しの力を持ったピリカという若い娘であった。
ピリカの家を訪ねたゾイアは、ロックの容態が回復しつつあることに安堵すると共に、実はニノフの妹であるというピリカに、事情を聴いたのである。
話を始めようとしていたピリカは、「あら、わたしとしたことが」と顔を赤らめた。
「お客さまに椅子も勧めずに、すみませんでした。ゾイアさま、どうぞお掛けになってください。薬草茶でもご用意いたしますわ」
「ああ、いや、どうか気遣いは無用に」
断ろうとするゾイアに、ピリカは笑顔で小さく首を振った。
フワリとした亜麻色の髪が揺れる。
「いいえ、わたしが飲みたいんです。わたしの種族に伝わる秘伝の薬草を使ったもので、とても気持ちが落ち着くんですのよ」
「ならば、お願いしよう」
ロックの寝かされている隣の部屋は客用の寝室で、こちらはそれに付随する応接間になっている。
その間は内部の扉で繋がっており、続き部屋の形であった。
ハーブティーを持って戻ったピリカは、椅子に座って室内を見ているゾイアに、「元は貴族のための宿屋だったそうですわ」と教えた。
「わたしたちがバロンに居辛くなってヤナンに引っ越してきた時、祖父がこの家にしようと言ったんです。その時には本当にボロボロでひどい状態だったのですが、患者さんたちにも手伝ってもらって、こんなに立派な施療院になりました」
「サナトリウム?」
首を傾げるゾイアに、ピリカは「ああ、ごめんなさい。話が取り散らかってしまって」と自分で笑い出してしまった。
笑いながらゾイアにハーブティーを勧め、自分でも一口飲むと、フーッと息を吐いた。
「本当にごめんなさい。久しぶりに他人と会話ができるのが嬉しくて、つい燥いでしまいました。ヤナンで暴動が始まってからは、患者さんも滅多に来なくなり、祖父も殆ど喋らないので、毎日塞ぎ込んでいましたのよ。ああ、どうぞ、ゾイアさまも飲んでくださいな」
ゾイアもハーブティーを一口飲んで「ほう。さっぱりした味だな」と頷いた。
「うむ。われは然程話し上手という訳ではないが、仲間内では聞き上手とは言われている。どうか、存分に話してくれ」
ピリカは泣き笑いのような顔で、「ありがとうございます」と礼を言った。
ああ、何からお話ししましょう?
そうね。やっぱり母のことから言うべきでしょうね。
わたしの、そしてニノフさまの母は、リリルという名前の霊癒族でした。
サナト族は、失われた種族の中でも独特な存在なのです。
あら、そうだわ。失われた種族のことは、どの程度ご存知かしら?
まあ、お知り合いに両性族がいらっしゃるのですね。
それなら、説明し易いですわ。
サナト族は、ダフィニア島海没後に中原に渡って来た際にも、妖精族のように積極的に人間と交わることはせず、隠れ里に固まって暮らしたそうです。
サナト族は別名『医の民』とも呼ばれ、掌から放射する癒しの理気力だけでなく、病や薬草に関する知識、怪我の処置の技術など、あらゆる角度から人々を治癒することを生業にしています。
ところが、これはどの種族でもそうですが、人間との混血が進むと、その種族独自の能力が薄れていきます。
サナト族はそれを防ぐため、極力同族同士で結婚したのです。
わたしの母も、親が決めたサナト族の許婚がいたそうですわ。
ある日、母が薬草を集めに遠出した際、大きな怪我をして動けなくなった青年と出会いました。
それが、現在のバロード聖王カルスさまだったのです。
当時はまだバローニャ公であられましたが、その頃自由都市であったバロンを度々訪問されて、建国の準備を進められていたそうです。
母の必死の看病によってカルスさまは一命を取り留められ、同時に二人は恋に落ちました。
そうして、ニノフさまがお生まれになったのですが、実はその時まで、カルスさまはご自分がアンドロギノス族であることを、母にも隠しておられたのです。
それが建国の妨げになるのではないかと、ご懸念されていたようです。
今となっては愚かな話ですが、結局、王政復古されるまで隠し続けられ、第一次王政の時代には国民は誰も知りませんでしたのよ。
ああ、また横道に逸れました、すみません。
生まれてきたニノフさまのお姿を見て、母は驚きました。
けれど、失われた種族の一員としてアンドロギノス族のことは知っておりましたから、寧ろ喜びました。
二つの種族の架け橋になるとも、期待したそうです。
ところが、カルスさまは違いました。
建国が成功するまで誰にも知られぬように、母とニノフさまにサナト族の隠れ里で暮らすよう命じられたのです。
先程申しましたように、母には親が決めた許婚がおりました。
その親の反対を押し切って、カルスさまの許に来たというのに、里に戻れるはずもありません。
行き場を失った母は、バロードの郊外にある寒村に身を隠しました。
そこで、密かに人々の治療をして、細々と生計を立てていたのです。
大っぴらにはできませんから、治療費を払ってもらえないことも多く、生活は困窮を極めました。
幼かったニノフさまは父であるカルスさまを憎み、なんとかして母を助けようと、自分一人で剣術の稽古に励んだそうです。
偶々その姿を見かけた武人がニノフさまの素質に驚き、是非自分の養子に迎えたいと母に申し込みました。
それがわたしの父、ウエントスでした。
母は悩みました。
その頃には王国建国が着々と進んでおり、父も祖父と共に、カルス王の臣下となっていたからです。
結局、母は表には一切出ないという約束で、ニノフさまの養子縁組がなされました。
父は祖父に似ず優しい人で、何くれとなく母にも援助をしてくれ、全く恩に着せるようなこともなかったそうです。
二人が愛し合うようになったのは、自然の成り行きでした。
しかし、父には奥さまがいらしたのです。




