381 もう一人のヒーラー(1)
ニノフの妹であると名乗ったピリカに対し、ゾイアの返事は極めてあっさりしたものであった。
「わかった。話は後で聞こう。ロックは、ああ、いや、その若い男の容態はどうだ?」
ピリカの方もサバサバとした口調で答えた。
勿論、ロックの名前も知っているようだ。
「ロックさまの胸の創は深かったのですが、幸い心の臓は逸れておりました。今、応急的に出血は止めましたが、どこか安全な場所、例えばわたしの家に移し、諸々の処置をいたしたいと思います」
「そうか。では、われが運ぼう」
ピリカは微笑みながらも、首を振った。
「ゾイアさまは力がおありでしょうが、お一人では無理です。安定した状態でなければ、また傷口が開いてしまいます。お仲間が来られたようですから、何人かでそっと抱えてくださいな」
ゾイアにも、後方から近づく人馬の声が聞こえて来た。
「おおーい、大丈夫かーっ!」
その声はツイムであった。
ゾイアは振り返り、大きな声で状況を説明した。
「ロックが怪我をしている! 民家に運び込むから、何人か手伝わせてくれ!」
「わかった!」
その間、不機嫌そうな顔で成り行きを見ていたトニトルスは、剣を鞘に収めながら、文句を言った。
「わしは、家に連れて来ていいとは言っとらんぞ!」
ピリカが困った顔で「おじいさま、お願いよ」と言うのに合わせ、ゾイアも頭を下げて頼んだ。
「すまぬ。ロックの容態が安定するまでの間だけお宅を使わせて欲しい。勿論、決して迷惑は掛けぬ」
トニトルスは「ふん」と鼻を鳴らしたが、ピリカの訴えるような目を見て、不承不承頷いた。
「仕方あるまい。この若者は無礼なやつじゃが、一応、わしの生命の恩人でもあるしな。但し」
トニトルスは一旦言葉を切ると、改めてゾイアの獣毛に覆われた首から下を見回し、続けて言った。
「わしの家にその姿で上がることは許さん! ちゃんと服を着ろ!」
ゾイアが苦笑しながら「ああ、そうしよう」と応えているところへ、ツイムがやって来た。
ツイムは先にギルガの方に目をやり、驚いた顔になった。
「凄いな。ロック一人で、このデカいやつを斃したのか?」
ゾイアが何か言う前に、トニトルスが「わしと二人じゃ!」と叫んだ。
ついにゾイアは笑い出してしまい、つられたようにピリカも、そしてツイムも笑った。
トニトルスだけは笑わず「わしは先に家に帰る!」と言ったが、去り際に「寝台の準備だけはしておく」と付け加えた。
ゾイアは力のありそうな兵士を数名選んでロックを運ばせると共に、ギルガを始めとするメギラ族たちの遺体を、念のため火葬させた。
バロード領内でも辺境から一番遠いヤナンではあるが、最近の瘴気の高まりを懸念してのことである。
また、ヤナン市内にまだ何名か蛮族が潜入していると思われるため、ツイムに命じて掃討部隊を編成させ、ロックの部隊と共に市内を巡回するよう指示した。
それだけの処置を終えると、遠征用の行軍服に着替え、ピリカの家を訪れた。
長らく廃都となっていたヤナンも、最近移り住んだ所謂『新市民』たちの手によって都市の再生が進み、建物の多くが改修されている。
ピリカの家も、新築かと見紛う程に綺麗に手入れがされていた。
ゾイアを出迎えたのは、平服に着替えたトニトルスである。
ゾイアの服装を確認すると、「良かろう、入れ」と告げた。
トニトルスの案内で、ロックが寝かされているという二階の客間に行くと、寝台の横にピリカが付き添っていた。
小声で「ロックさまは、よく眠っていますわ」と、ゾイアに教えてくれた。
トニトルスは「後は孫娘に聞いてくれ」と告げると、自分の部屋に戻って行った。
ゾイアは室内に入ると、そっとロックの傍まで近づき、顔を覗き込んだ。
頬にほんのり赤みが差し、穏やかな寝息を立てている。
服装も、ゆったりとした寝間着に替えられていた。
その開けた胸元は、血や汚れがすっかり拭き取られ、清潔な白い布が巻かれているようだ。
ゾイアも声を低め、「感謝の言葉もない」とピリカに礼を述べた。
ピリカは軽く首を振り、「よろしければ、隣の部屋でお話ししましょう」と囁いた。
二人はそっと部屋を出ると、隣の客間に入った。
ゾイアは改めてピリカに深々と頭を下げた。
「心からお礼を言わせて欲しい。ピリカどのがあの場に居合わせてくれなかったら、われは大切な朋友を失うところであった」
ピリカは笑顔で手を振った。
「いいえ、こちらこそ。ロックさまが身を挺しておじいさまを救ってくださんですもの、当然ですわ。でも、こんなことを聞くのは失礼なことかもしれませんが、ロックさまはご自分で隊長と名乗られていましたから、ゾイア将軍の部下なのでしょう? それに年齢も随分違っていらっしゃるのに、お友達なのですか?」
ゾイアも笑顔で答えた。
「ああ、形の上では、将軍と配下の隊長ということになろう。だが、われにとってロックは、この世界で初めてできた朋友でもあるのだ」
「この世界?」
ピリカに聞かれても、ゾイアは上手く説明する言葉が浮かんで来なかった。
その代わり、逆に質問をした。
「それよりも、ピリカどのはニノフ殿下の妹であると言われていたが、その話を聞いてもよいだろうか?」
ピリカは少し悲しそうな顔で頷いた。
「ええ。ニノフさまとわたしの母は、失われた種族の一つである霊癒族の出身でした」




