376 ヤナンの乱(14)
最大部族クビラ族の覚醒により、蛮族軍は一気に勢いづいた。
最前線で苦戦しているメギラ族を押し除けるように前に出て、攻め込んで来ていた義勇軍を猛攻した。
義勇軍が後退するのに合わせ、他の部族がすかさず後方に回り込んで退路を断つ。
こうして、義勇軍四千は、蛮族軍一万に完全に包囲されたのである。
包囲が完了すると共に、蛮族軍は一斉に矢を射掛けた。
堪らずに下がった義勇軍に逃げ道はなく、ギュッと四千人が中央に固まってしまった。
蛮族軍は桶を箍で締めるように、グイグイ包囲網を狭めていく。
蛮族軍の誰もが勝利を確信した。
そうなると、警戒すべきなのは敵ではなく、同じ獲物を狙う他部族の方である。
元々一枚岩とは言えない蛮族軍は、互いに牽制しあい、なかなか総攻撃に踏み切らない。
既に日がだいぶ傾いて来ており、一気に片が付かなければ、翌日に持ち越しとなりそうだ。
そうであれば、今日は他の部族に戦わせ、明日、弱った敵を刈る方が効率が良い。
特に、クビラ族の戦大鎌は、長い柄に半月刀より大きな鎌が付いており、小回りが利かない。
周囲が暗くなると扱い辛くなるのだ。
メギラ族の若き族長ギルガは、忌々しそうに舌打ちした。
『臆病風の次は、勝手放題か! クビラ族も他の部族も、おれさまが新しい『蛮族の帝王』となったら、全員奴隷だ! メギラ族でなければ蛮族とは言わせぬ!』
最早他の部族の動向など忖度せず、メギラ族だけ抜け駆けしようと、ギルガは半月刀を高く掲げた。
これを振り下ろせば、突撃の合図となる。
しかし、ギルガが半月刀を下ろす前に、それは聞こえて来た。
どこかでオオカミが遠吠えしているような声である。
哀愁を感じさせるような、美しく、切ない声で、朗々と啼き続けている。
半月刀を上げたまま、ギルガは呆然と呟いた。
『あ、あれは……』
敵味方一万四千が手を止めていた。
と、中央に押し込められていた義勇軍の頭上に、スーッと何かが浮かび立った。
垂直に飛ぶ大きな鳥のように見える。
それが猛禽類のような大きな翼をはためかせる度に、身体が大きくなり、遠くからでもその姿がハッキリ見えるようになった。
全体の形は翼の生えた人間形であるが、ルプスを思わせる野獣のような顔をしていた。
目は緑色に爛々と輝き、前に突き出した大きな口からは太い牙が何本も食み出している。
ダークブロンドの髪は逆立って長く伸び、鬣のようだ。
背中は黒に近い焦げ茶色の獣毛に覆われているが、肩甲骨の辺りから生えている翼は少し薄い茶色の羽毛になっている。
ところが、胸と腹は獣毛でも羽毛でもなく、龍馬を思わせる鱗であった。
色は燻んだ紅色で、金属的な光沢を放っている。
古代神殿の素材であるオリカルクムという超合金に似ているようだ。
腕と脚は獣毛に包まれ、その先に、黒く光る長い鉤爪が生えていた。
一方、尻の部分から伸びている尻尾には途中まで毛がなく、先の方にフワッと付いている。
身体の大きさが機械魔神と同じくらいになったところで巨大化と上昇は止まり、その位置で空中浮遊した。
一万四千人が固唾を飲んで見守る中、その野獣のような大きな口がクワッと開き、今度は遠吠えではない、天地が震えるような咆哮が放たれたのである。
敵も味方も、身を竦ませながら、同じ言葉を囁いた。
「獣人将軍だ」
「獣人将軍ゾイア閣下だ」
「獣人将軍がおれたちを助けてくれる」
『獣人将軍が出たぞ!』
『獣人将軍は変身できるではないか!』
『獣人将軍から殺されるぞ!』
それは、正に有翼獣神に変身したゾイアであった。
ゾイアは咆哮を止めると、ゆっくり羽ばたきながら輪を描くように旋回し始めた。
その輪は徐々に大きくなり、同時に、高度が低くなり、義勇軍を包囲する蛮族軍に接近して行く。
ギルガは歯ぎしりし、上空から近づくゾイアに、無謀にも半月刀を投げつけたが、翼の風圧で吹き飛ばされてしまった。
他の蛮族たちはそれどころではない。
夢から醒めたように、悲鳴を上げて逃げ始めた。
いや、蛮族というより、その乗っている馬たちが恐慌を来していた。
主人の言うことを聞かず、前脚を跳ね上げながら嘶き、勝手に逃げ始めた。
特に、開戦前からゾイアへの恐怖を口にしていたクビラ族の反応は早かった。
方向すらバラバラに、一気に逃げ出したのである。
蛮族軍一万は、瞬時にして総崩れとなった。
ギルガは、仲間のメギラ族に『それをよこせ!』と言うなり半月刀を奪い取り、それを振り回しながら、他の部族に怒鳴った。
『戻れ! 戻らんか! まだ、獣人将軍は空を飛んでいるだけだ! せめて矢を射よ! 何もせずに敵前逃亡する者は、死罪だぞ! 逃げるな!』
声を限りに命じても、一旦恐怖に憑りつかれた蛮族たちは止まらない。
それに追い討ちを掛けるように、ゾイアはギリギリまで急降下しつつ、蛮族とその馬たちに向け、猛獣のように吠えた。
ガタガタと震えながらも、若き族長への恐怖からその場に留まっていたメギラ族ですら、そのギルガを捨てて逃げ出したのである。
ところが、その内の何割かは、ロックたちが市民の避難を誘導しているヤナンへ向かった。建物の陰に隠れるつもりであろう。
『逃げるな、臆病者! 戦え!』
そう叫びながら追うギルガも、ヤナンの方へ駆けて行く。
『くそうっ! こうなったら腹癒せに、臆病者たち諸共、まだ残っている一般人もおれさまの餌食にしてやる!』




