373 ヤナンの乱(11)
ゾイアはメギラ族の族長ギルガとの死闘を凌ぎ、自ら創設した義勇軍も、ツイムの連れて来た国境警備軍からの参加者を併せて、四千名の軍勢となった。
しかし、一旦退却したかと思われたメギラ族は、行軍の妨げとなっている市街地を焼き払い、他の部族全てを引き連れて戻って来た。
総勢は一万名で、義勇軍の倍以上である。
勝利を確信したギルガは、蛮族軍全軍に進撃を命じた。
義勇軍側は、ヤナンの市民を逃がすための時間稼ぎができればよいとはいうものの、進退の時機を見誤れば、最悪の事態となりかねない。
その時、馬を寄せて停めたツイムに、ゾイアは妙なことを聞いた。
「あの言葉、思い出してくれたか?」
ツイムは悔しそうに首を振った。
「すまん。もう少しで思い出せそうな気もするが、どうしても出て来ない」
ゾイアも残念そうに「ううむ、そうか」と天を見上げたが、顔を戻した時には笑顔になっていた。
「仕方がない。こちらこそ、無理を言ってすまなかった。が、もし、万一思い出したら、どのような状況であっても、言ってくれ。そして、その後に、われが教えた科白を続けてくれ。頼む」
ゾイアが手を差し出すと、ツイムはその手を握りながら笑顔を返した。
「ああ、勿論そうするよ」
ゾイアは気持ちを切り替えるように、太い息を吐いた。
「よしっ、行こう!」
そのまま馬を走らせようとしたゾイアを、ツイムが笑いながら「ちょっと待て」と止めた。
「せめて何か着た方がよくないか?」
そう言われて、ゾイアは改めて自分の身体を見た。
創はすっかり塞がり、ツルリとした肌に戻っているが、それが見えるということは、つまり裸であるということだ。
ゾイアが身に纏っているのは、血染めの下帯だけである。
「おお、そうか。ならば、背中に大剣を吊るす革帯だけ着けよう。先に行ってくれ」
ツイムは苦笑した。
「それじゃ、裸と変わらんな。まあ、あんたらしくていいか。では行くぞ」
表情を引き締めて走り去るツイムを見送ると、ゾイアも厳しい表情となった。
「これからが正念場だな。怒涛のように襲って来るであろう蛮族軍を、何としても食い止めねば」
一方、市民たちの避難誘導に当たっているロックの部隊は、漸く市民たちの説得を終え、残っている者がいないか、馬で市内を巡回していた。
ロック自身も精力的に声掛けに回っている。
「うん、大丈夫そうだな。まあ、国境まではおいらの部隊が護衛してるし、避難先に指定した廃村にも先発隊を送ってる。できれば、手が空いた者を搔き集めて、少しでもおっさんたちの援護に廻してえが。ん? ありゃ何だ?」
それは、ボロボロの甲冑を身に着けた老人であった。
ロックは、老人を脅かさぬようゆっくり馬を寄せ、声を掛けた。
「じいさん、どうした? 家族と逸れちまったのか?」
老人は耳が遠いらしく首を傾げていたが、ロックが腕に巻いている白い布に目が留まると、パッと顔を輝かせた。
「おお、義勇軍の人じゃな。ちょうど好かった。探しておったんじゃ。頼む、わしも参加させてくれ」
「はあ?」
ロックは驚いて馬から下り、老人の耳元に口を寄せ、大きめの声で告げた。
「おいおい、じいさん、何言ってんだよ。訳のわからないこと言ってないで、早く逃げてくれ」
すると、老人は顔を真っ赤にして怒り出した。
「黙らっしゃい! わしを誰だと思っとる! バロード軍にその人ありと知られた鬼軍曹トニトルスさまじゃぞ!」
ロックは呆れたように自分の腰に手を当てた。
「んなもん、知るかよ。さあ、とっとと避難してくれ」
「嫌じゃ!」
ロックが困っていると、通りの向こうから「すみませーん!」という若い女の声がした。
息を切らしてこちらに駆けて来ているのは、ロックと同じ年頃の、髪の長い女であった。
金髪ではなく、もっと落ち着いた亜麻色の髪である。
白っぽい地味な服を着ている。
女の声に気づいた老人はプイッと横を向いた。
若い女はロックの傍まで来ると、深々と頭を下げた。
「も、申し訳ございません。また祖父が何か無茶なことを言っているのでしょう? わたしがちゃんと言い聞かせて連れて行きますので、どうかお許しください」
そのままもう一段頭を下げたため、顔が見えない。
ロックはどうしたものかと老人を見たが、意地になったようにソッポを向いたままだ。
「まあ、おいらはいいけどさ。これからここは戦場になるかもしんねえから、じいさん連れて、あんたも早く逃げな」
女はパッと顔を上げ、「ありがとうございます!」と礼を述べた。
頑固そうな老人の孫とは思えぬ、優しげな顔立ちをしている。
ロックは、ほのかに頬を赤らめた。
「ああ、まあ、いいってことよ。何か困ったことがあったら、言ってくれ。おいらは義勇軍のロックだ」
女は嬉しそうな笑顔になった。
「本当にありがとうございます。わたしはピリカと申します」
「へえ、珍しい名だな。あ、いや、いい名前だと思う。うん、まあ、気をつけてな」
しどろもどろに告げると、ロックはそそくさと馬に乗って去って行った。




