371 ヤナンの乱(9)
刀と剣の違いは、片刃か諸刃かということだけでなく、その斬り方の違いでもある。
刀が刃の鋭利さによって切るのに対して、剣はその重みによって斬撃する。
相手が全身を覆う甲冑のような重装備であれば、剣の方が有効なところもあるのだが、刀より肉厚で重いため、素早く振り回せない。
まして、大剣を二本両手に持っては、ゾイア程の技量でも幾分か振り遅れてしまう。
目にも留まらぬ速さで振り下ろされるギルガの半月刀を、ゾイアが大剣で受け止めようとしないのは、その瞬間に刀を返され、深手を負わされるのを警戒しているのである
元々装備らしい装備をしない蛮族と、いつでも変身できるように革の胴当て程度の軽装備しかしていないゾイアが闘うなら、大剣二本より、半月刀一本の方が有利なのだ。
また、こうして一対一で闘っている間にも、ゾイアが率いる千名の部隊が、メギラ族二千名に追い込まれているのが、周囲からヒシヒシと伝わって来ている。
しかも、ここでの戦闘が長引けば、いずれメギラ族以外の八千名も来てしまう。
ゾイアは、焦る気持ちを抑えるように、ギルガから少し距離をとって、深く息を吸った。
その様子を見て、ギルガは冷笑している。
「もう、降参、か。だが、逃がす、ものか。見ろ。周りは、最早、全部メギラ族。おまえの、逃げ道、など、ない」
ゾイアは、ギルガと闘い始めてから、初めて笑顔を見せた。
「道がなければ、創るだけのことだ」
次の瞬間、ゾイアは大剣の一本を真上に投げ、一呼吸おいて、もう一本を水平に回転させるようにギルガに投じた。
ギルガは鼻で笑って、「笑止!」と叫びつつ、水平に飛んで来る大剣を半月刀で払い、同時に、一歩横に移動するだけで、頭上から垂直に落ちて来る大剣を躱した。
その一瞬の隙に、ゾイアは猛然とギルガに駆け寄り、跳躍して飛び蹴りを喰らわせようとした。
が、それも読まれていたらしく、ギルガは上半身を捻るようにして避け、横の空中を通り過ぎるゾイアを追いかけるように半月刀を振るってくる。
「ぐあっ!」
ゾイアが地面に落ちるのと同時に、肩から血が噴き出した。
「休むの、まだ、早いぞ」
ニヤニヤと笑いながら、ギルガは半月刀で縦横に斬りつけてきた。
ゾイアは地面を転がり回ったが、全ては避け切れない。
最早軽装備すらバラバラに切り裂かれ、丸裸に近い状態だ。
「がはっ!」
脇腹に半月刀を受けた時には、さすがに声が出たが、その後は声を出す余裕もなくなった。
ゾイアの全身が、みるみる血で染まる。
普通の人間なら、とっくに死んでいただろうが、ギルガの方も微妙に手加減しているようだ。
「一遍に、殺すの、勿体ない。もっと、おれさまを、愉しませろ、獣人将軍」
無論、斬られても斬られても、ゾイアの身体は驚異的な自己治癒力で創を塞いでいくのだが、それが追いつかないのである。
満身創痍となったゾイアは、ついに動けなくなった。
ギルガは、残念そうに舌打ちした。
「なんだ、もう、終わりか? これほど、切り刻んでも、獣に、変身、しないのか? いや、できぬ、のか? では、約束どおり、首、斬っても、生えてくるか、確かめる」
ギルガが半月刀を振り上げると、血だるま状態のゾイアが、寝転がったままニヤリと笑った。
「それは、われも興味がある問題だが、そちらがそれどころではないようだぞ」
「何っ!」
ゾイアをいたぶることに夢中になっていたギルガも、漸く周辺の異変に気づいたようだ。
それまでヤナンの方向に進んでいたメギラ族の部隊が、いつの間にか逆方向に向かっている。
いや、明らかに、逃げている。
ギルガが蛮族の言葉で叫んだ。
『逃げるな! ええい、戻れ! みんな殺すぞ!』
族長であるギルガの言葉にも、皆耳を貸さず、黙々と退却して行く。
その時になって、ヤナンの方から大勢の人馬の声が響いてきた。
「うむ。どうやら、われの仲間が助けに来てくれたようだ」
そう言いながら起き上がったゾイアの身体は、まだあちこちに傷口が残っているものの、既に出血は止まっていた。
部族の者に呼び掛けるのを諦め、ギルガは憎々しげにゾイアを睨んだ。
そうしている間にも、みるみるゾイアの傷口が閉じていく。
蒼褪めていた顔色も、ほんのり赤みが差してきた。
そのことが、余計にギルガの苛立ちを掻き立てるようだ。
「ふん。少々、援軍、来ても、こっちは、全部で、一万。すぐに、押し潰す」
「うむ。われもそう思う。だが、われらの役目は、ヤナンの市民を無事に逃がすこと。そのための時間が稼げればよい。それに、この雑多な市街地では、一万の兵を横には展開できない。ならば、人数の多寡は、戦いが長引かねば然程問題ではない。まあ、思ったより、援軍が多いようだが」
勿論ゾイアは知らなかったが、ツイムの隊はあの後、更に国境警備軍を吸収し、総勢三千名を超えていた。
それが、ゾイアの隊千名と合流し、メギラ族を圧倒しつつあるのである。
このままでは、一時的ではあろうが、ギルガ一人が義勇軍の大波の中に取り残されることになる。
ギルガの表情が変わった。
「おれさま、逃げぬ。おまえ、道連れ」
再び、ギルガの半月刀が振り上げられた。




