370 ヤナンの乱(8)
ヤナンの市民を救うため、バロード領内に入ったゾイアたちの義勇軍は、千名ずつ三手に分かれた。
ロックの隊は市民の説得と避難誘導に当たり、ツイムの隊はヤナンの東側、即ち国境沿いを回って行った。
そして、ゾイアの率いる千名は、ヤナンに向かう蛮族軍が来るであろう予定戦場への最短距離となる西側の経路を進んだのである。
ゾイアは、ツイムの隊との合流予定地点に到着すると、敵味方の状況を探った。
ツイムたちの到着が予定より遅れており、先に蛮族軍が来てしまうのではないかと危惧したゾイアは、部下たちに戦闘態勢をとるよう指示を出した。
敵の接近を感じたゾイアが振り返ると、ヤナンから現在の王都バロンへ繋がる広い街道を蛮族軍が進んで来るのが目に入った。
その先頭の集団は、長い髪を一つに纏め、頭頂部で縛っている。
『北方の処刑人』として知られるメギラ族の姿であった。
ゾイアが気づくのと同時に、メギラ族は猛然と行軍の速度を上げてきた。
「いかんな。こっちの倍はいる。なんとかツイムが来るまで凌がねば」
ゾイアは誰にも聞こえないようにそう呟くと、再び仲間の方に向きを変えて叫んだ。
「こちらから迎え撃つ! 蛮族軍を、一歩たりともヤナンに入れるな!」
仲間たちからの「応!」という声が聞こえてきた時には、ゾイアの馬は先陣を切って駆け出していた。
接近するにつれ、メギラ族の中心にいる人物の異常な体格が見えてきた。
恐らくまだ二十代であろうが、肩の筋肉が大きく盛り上がり、腕も他のメギラ族たちの太腿ほどもある。
本人が大柄な上に、乗っている馬が規格外に大きい。
ゾイアは、距離感が掴めず、少し混乱した。
気がつくと、その大きな男の前を進む他のメギラ族が、もう目の前にいたのである。
同時に別々の方向から、幅広の彎曲した半月刀で襲ってきた。
「ぬうっ!」
ゾイアは、背中に交叉させて差していた二本の大剣を両手で同時に抜き、半月刀を弾き返した。
脚だけで馬を操りながら、ゾイアが次の攻撃に備えていると、襲ってきたメギラ族たちはそれ以上は向かって来ず、そのままヤナンの方へ進んで行く。
「そちらへ行くぞ! 食い止めよ!」
仲間にそう命じた刹那、ゾイアは、チリチリと後頭部の毛が逆立つような強烈な殺気を感じ、反射的に両手の大剣を頭上で交叉させた。
直後に、金属同士がぶつかる激しい音が響き、猛烈な打撃を受けて馬上に留まることができず、ゾイアは転がり落ちた。
地面を二度、三度と回転し、立ち上がろうとしたゾイアは、ヒュンと刃物が空気を切る音を耳にし、大剣で受ける余裕もなく、その場に這い蹲った。
風圧と共に髪の毛が数十本切り裂かれるのを感じながら、返す刀を避けるために、ゾイアは大剣を両手に握ったままゴロゴロと横に転がった。
漸くゾイアが立ち上がった時には、相手も馬を下り、ここが戦場であることを忘れたような暢気な足取りで近づいて来た。
近くで見ると、ゾイアより二回りぐらい身体が大きい。
何が楽しいのか、ニヤニヤと笑っている。
「誰にも、邪魔するな、言ってある。最初に、おまえに、斬りつけた、者たち、後で、殺す」
ゾイアも負けずに言い返した。
「それは気の毒なことをした。だが、残念ながら、われは忙しい。ここで一騎打ちに付き合ってやる暇などない」
相手はニヤニヤ笑いを止めなかったが、目だけは全く笑っていなかった。
「そうは、いかぬ。おれさま、族長、ギルガ。おれさま、斃さぬ限り、部族は、敵を全滅させるか、自分たち全滅するまで、戦う。おまえ、おれさまと、闘うしかない、獣人将軍。この日を、楽しみに、待っていた」
「ほう。随分惚れ込まれたものだな。会うのは初めてだと思うが、もしかして、どこかですれ違ったか?」
ゾイアは態勢を立て直し、呼吸を整えるために、態とゆっくり喋っていた。
若いギルガの方は、中原の言葉こそたどたどしいが、息一つ乱れていない。
「いや。会うの、初めて。だが、兄者は、遭ってる。『暁の軍団』の砦で、おまえに、斬り殺された」
ギルガの表情は変わらぬまま、ユラリと殺気が立ち昇った。
ゾイアは油断なく身構えながら、「ああ」と頷いた。
「あの時か。無慈悲に仲間を斬るのを止めるため、已む無く斬った覚えがある」
ギルガは嘲笑った。
「メギラ族に、仲間など、いない。敵でも、味方でも、なければ、虫螻」
そう言いながら、ギルガは何の予備動作もなく、半月刀を振るってきた。
ゾイアの動体視力を以ってしても、殆ど太刀筋が見えない。
右から左から、間断なく斬りつけてくるのを躱すだけで精一杯で、大剣で受ける余裕すらない。
ゾイアは元々、変身することを前提に、軽装備しかしていないのだ。
ゾイアの必死さに比べ、ギルガは薄ら笑いすら浮かべている。
「どうした、獣人将軍? 早く、獣になれ。おれさまを、愉しませろ」
「生憎だが、今は無理だ」
「ほう。つまらん。ならば、死ね」
あれ程の攻撃も、実際には手加減していたらしく、斬り込んで来る半月刀の速さが更に増した。
「くうっ!」
ついに避け切れず、ゾイアの腕に刃先が触れ、鮮血が噴き出した。
が、すぐに血は止まり、みるみる傷が塞がっていく。
ギルガの顔に笑みが広がった。
「面白い! 腕を、斬り落としても、また生える、のか? いっそ、首を、刎ねて、みるか?」




