369 ヤナンの乱(7)
ゾイアが組織した義勇軍は、三千名のうち大部分が騎兵で構成されていた。
人数の少なさを補うということもあるが、友好的ではない他国の領内に無断で侵入し、弾圧されている市民を救うという難しい任務を、できる限り素早く実行するためでもある。
因みに、統一感を持たせるため『自由の風』に倣って、全員腕に白い布を巻かせていた。
三つに分かれた義勇軍の中で、ロックの率いる千名だけには三百名程の歩兵が含まれている。
この歩兵たちは全員がバロード人で、速やかに国外に脱出するよう市民の説得に当っていた。
ところが、意外にも説得は困難を極めた。
一つには、自然発生的に起こった暴動であるため、代表を務めるような核になる人間がいない、ということもある。
しかし、それ以上に、せっかくの新天地を離れたくないという意見の者が多かった。
「バロード人は、なんでこんなに頑固なんだよ!」
我慢し切れずにロックが不満を漏らすと、ちょうど傍にいた説得役の一人が自分のせいのように「すみません」と謝った。
「ああ、ごめんよ。おまえが悪いわけじゃないさ。おいらだって、せっかく手に入れた住処から出たくないって連中の気持ちはわかるさ。だが、連中が逃げるのが遅れれば遅れるほど、おっさんやツイムの兄ちゃんが苦戦することになるんだ。もうしょうがねえ、奥の手だ。おいらに任せろ!」
ロックはそう言い捨てると、市内を馬で駆け巡りながら、戦場で鍛えた大声で市民に呼び掛けた。
「おい、みんな聞いてくれ! おいらは『自由の風』のロムの朋友の、ロックって者だ! 間もなく、血に飢えた蛮族軍一万が、このヤナンにやって来る! おいらの仲間が時間を稼ぐために戦うが、そんなに長くは保たねえ! 生命が惜しかったら、とっとと逃げるんだ! おいらの部隊が誘導するからよ!」
この、半ば脅しのような説得が功を奏し、腰が重かった市民たちが、続々と避難を始めた。
すると今度は、ロックは市民の不安を和らげるように、声の調子を変えた。
「おい、みんな! 焦るなよ! おいらの仲間は、何を隠そう、あの獣人将軍ゾイアなんだ! みんなも聞いたことあるだろう! ゾイアなら、蛮族なんかにゃ負けねえ! 安心して逃げてくれ!」
市民に多少ホッとした表情が現れたのを見て取ると、ロックは後ろにいる仲間に、ペロッと舌を出して見せた。
「まあ、急がせなきゃなんねえけどさ、恐慌になられちゃ困る。宥めたり賺したりってやつさ」
一方、ヤナンの東を迂回しているツイムの千騎は、いきなり国境警備軍五百名ほどと遭遇してしまい、既に戦闘中であった。
ツイムは防戦しながらも、バロード人が主体の国境警備軍に呼び掛け続けている。
「頼む! 通してくれ! おれたちは義勇軍だ! ヤナンの市民を救いたいだけなんだ! あんたらと戦うためじゃない! おれたちは『自由の風』の仲間だ!」
そう言いながら、ツイムは腕を上げて巻いている白い布を見せた。
明らかに国境警備軍に動揺が走り、隊長らしき人物が「戦闘を中止せよ!」と命じた。
隊長はツイムに駆け寄って来ると、胸元から白い布を取り出し、腕に巻いた。
「すまぬ。同志とは気づかなかった。わたしはプロフ、ロムの友人だ。一緒にいる者たちもそうだ。合流させてくれ」
ツイムは笑顔で手を差し出した。
「願ってもないことだ。ゆっくり話をしたいくらいだが、今は時間がない。急がねば、おれの仲間が窮地に陥る。共に行ってくれるか?」
プロフも笑顔でツイムの手を握った。
「勿論だ。すぐに行くが、ホンの少し待ってくれ」
そう言うと、プロフは振り返って部下たちに命じた。
「全員、腕に目印の白い布を巻け! これより義勇軍に加わる!」
その頃、順調に進んだゾイアの部隊は、既にヤナン北側のツイムたちとの合流予定地に到着していた。
ゾイアは、風の匂いを嗅ぐように、敵味方の気配を探っている。
厳しい表情となり、ゾイアは伝令係を呼んだ。
「間もなくツイムが来るだろうが、われの予感では、蛮族軍の先頭が来る方が早いだろう。全員に、戦闘態勢をとるよう伝えてくれ」
「はっ!」
伝令の後ろ姿を見送っていたゾイアは、ハッとしたように振り返った。
ヤナンから現在の王都バロンへ繋がる広い街道を蛮族軍が進んで来るのが目に入った。
遠くからでも、長い髪を一つに纏め、頭頂部で縛っているのがわかる。
「メギラ族か」
ゾイアはそう呟くと、首を捻った。
その中心を進む一人だけ、頭一つ分ぐらい、他の者より大きく見えるのだ。
「目の錯覚でないとしたら、強敵かもしれぬ」
実際には、目の錯覚であった。
それも、逆に小さく見えていたのである。
族長であるギルガは、当然、他の者より後ろを進んでいるのだが、乗っている馬も一回り大きいため、先頭に並んでいるように見えるのだ。
また、視力もゾイアと同程度か、或いはそれ以上であるギルガの方も、同時にゾイアに気がついた。
ギルガは愉しくて堪らない、というような笑顔を浮かべている。
『おお、ついに見つけたぞ、獣人将軍。おれさまの半月刀の切れ味を、たっぷりと味あわせてやろう』




