367 ヤナンの乱(5)
数ある蛮族の部族の中でも、メギラ族は独特の地位にある。
通称は、『北方の処刑人』という。
平時は他部族の掟を破った者の処刑を請け負い、戦時に於いては規律を乱した者の粛清を担当しているのである。
その習俗として、長い髪を一つに纏め、頭頂部で縛っている。
また、刺青の多い他の部族に比べて、殆ど入れていない。
顔つきも他の部族と異なっており、目が細く、頬骨が高い。
遥かな昔、永遠に凍りついた北の大海を、歩いて渡って来たマオール人の末裔ではないかとも云われている。
その見た目以上に際立っているのは、使う武器だった。
幅広の彎曲した剣である。
いや、片方にしか刃がないから、剣ではなく、刀だ。
所謂半月刀である。
それを抜き身の状態で背負っているため、遠目でもかれらのいる場所がわかるのである。
今、ヤナン鎮圧に向かう蛮族軍一万の中で、行軍から離脱し、そのメギラ族の固まっている場所に近づく者が数名いた。
それに気づいたメギラ族の者が、背中の半月刀を外して身構えた。
『何用だ! 隊列を乱すな!』
因みに、蛮族の言葉には部族ごとに多少の違いがあるが、蛮族の帝王カーンとして君臨していたカルスや、先代のドーンの教育で、軍事に関する用語は統一されている。
近づいて来た他部族の一人が、声を上げた。
『すまぬ! 族長のギルガに話があるのだ! 取り次いでくれ!』
『ならぬ! 族長はお忙しいのだ!』
『そこを何とか!』
何度か押し問答が繰り返された時、『何事だ?』という声がした。
他部族の数名だけでなく、メギラ族の者たちにも緊張が走る。
サッと二手に分かれたメギラ族たちの間を通り抜け、一際体格の大きな馬に乗った、自身も極めて大柄なメギラ族が現れた。
顔は若い。
恐らくまだ二十代であろう。
だが、肩の筋肉が大きく盛り上がり、腕も他のメギラ族たちの太腿ほどもある。
他部族の男はやや怯みながらも、愛想笑いを浮かべて話し掛けた。
『ギルガ、忙しいのにすまない。頼みがあるのだ』
『ほう。おれさまに何の用だ?』
他部族の男は、一緒に来た仲間たちをチラリと振り返った。
皆小さく首を振っている。
『こ、ここでは、言えぬ』
『ならば、帰れ』
そのまま戻ろうとするギルガに、他部族の男は思い切ったように叫んだ。
『頼む! 新しい蛮族の帝王になって……』
不意に言葉が途切れたため、一緒に来た仲間たちが男の方を見ると、首から上がなかった。
直後に首から血が噴き出し、上からドサッと頭の部分が落ちて来た。
ギルガの手には血の付いた半月刀が握られているが、いつ背中から抜いて、いつ斬ったのか、誰にも見えなかった。
殺された男の仲間たちが悲鳴を上げて逃げると、ギルガはニヤリと笑って呟いた。
『他人から言われずとも、そのつもりだ』
同じ頃、ゾイアの義勇軍は警戒の手薄な箇所を静かに抜け、バロードの領内に入った。
皆より少し先行して道案内をしていたロックが、馬の速度を緩め、ゾイアの横に並んで顔を覗き込んだ。
「おっさん、今更だが、愈々ヤナンが近づいて来たけど、何ともねえか?」
ゾイアは苦笑している。
「それはお互いさまだろう。おまえこそ、異常は感じぬか?」
「へっ! おいらは平気に決まってるだろう。それに、聞いた話じゃ、あの赤い目ん玉の連中は、もういねえんだろう?」
「ああ。われは意識を失っていたが、ギータたちはエイサの地下で遭ったそうだ。まあ、バロード領内に居られなくなった事情が何かあったのだろう。おお、そう言えば」
ゾイアは不意に何か思い出したらしく、黙って隣を並走しているツイムに問うた。
「エイサでゲルヌ皇子が地上に戻った後、おぬしが、おかしくなったわれを戻してくれたのであろう?」
ツイムは驚いたように首を振った。
「いや、あれはクジュケだ。おれは横にいただけだよ」
「そうであったか。どうも記憶が曖昧でな。では、覚えていたら、教えて欲しい。その時、クジュケどのは、何と言っていた?」
ツイムは首を捻っていたが、「ああ」と呟いた。
「確か、元のゾイア将軍に戻ってくれ、というようなことを言っていたよ。そのお陰で、こうして元に戻ったんだろうな」
だが、ゾイアは「いや、その前に」と言い掛けたが、そこへ前方から斥候が駆け戻って来た。
「申し上げます! 蛮族軍一万が間もなくヤナンに到着します!」
ゾイアは呻くように「早いな」と呟いたが、すぐに気持ちを切り替えて顔を上げ、ツイムとロックに指示を出した。
「三手に分かれよう。今、われらはヤナンの南にいる。われは千名率いてヤナンの西側を回って行く。ツイムも千名連れて、東側を回ってくれ。蛮族軍は北側から来るはずだから、そこで挟み撃ちにする。ロックは残る千名で、ヤナンの市民たちを南に向かって避難させてくれ」
ロックが驚いて反対した。
「敵は一万だぜ! ただでさえ、こっちは少ないのに、分けるのかよ!」
ゾイアは笑顔で頷く。
「うむ。目的は敵に勝つことではなく、市民を安全に逃がすことだ。それに、バロード領内を一万人が移動するなら、細く長く伸びるしかない。その出鼻を叩くのだ。ああ、それから、ツイムに頼みがある」
ゾイアは馬を寄せて、ツイムに何か耳打ちした。
ツイムは怪訝な顔をしていたが、「わかった。やってみよう」と答えた。
当然、ロックは少し不満そうに「何だよ、ヒソヒソ話かよ」と反発する。
ゾイアは笑って「すまん」とだけ詫び、出発を告げた。
「さあ、行こう!」




