366 ヤナンの乱(4)
できるだけ犠牲者を出さずにヤナンの動乱を終息させようとしたカルスのやり方を否定し、父のドーンは力づくで抑え込むため蛮族軍一万を向かわせた。
親子の意見は激突し、その中で自分の妻を死に追いやったのが父であると確信したカルスは、絶望して自ら生命を絶とうとする。
しかし、アルゴドラスの合図によって吹き矢が放たれ、カルスは身体の自由を奪われた。
吹き矢を持って部屋の暗がりから現れた黒尽くめの女は、独特の抑揚の言葉で、アルゴドラスに念を押したのである。
「ヤナン、取り戻してくれる、約束、忘れるな」
それは、ガイ族の女族長、バドリヌであった。
アルゴドラスは苦笑した。
「わかっておる。元々、廃都となっていたヤナンを蘇らせたのは、おまえたちガイ族だ。まあ、それが裏切り者カルボンの指示によるものであったにせよ、おまえたちには感謝している。余にとっても、ヤナンはかつて中原を統一した際の王都なのだからな。訳のわからぬ新市民とやらに勝手に使われるよりは、まだマシだ」
アルゴドラスの言葉に含まれる、自分たちへの微妙な侮蔑の意味合いがわからないのか、バドリヌは別のことを聞いた。
「この男、どうする?」
アルゴドラスは、態とらしく怒って見せた。
「無礼者め。畏れ多くもバロードの聖王陛下だぞ」
アルゴドラスは自分で笑い出しながら、話を続けた。
「まあ、当分の間は、ということだが。次の聖王が、まだ生まれてもおらんからな。それまでは、死なれては困る。幽閉するにしても、強く暗示をかけておかねば安心できん。それは魔道が使える妹のドーラにやってもらうつもりだが、今は時間が惜しい。おまえに言っても仕方のないことだが、歳と共に男女の切り替えに時間と体力がかかるようになるのだ。孫たちのように、一瞬で男から女へ、また女から男へ、などということは、今の余には無理だ。ヤナンのことが一段落するまでは、この姿でいた方がよいからな。よって、カルスの身柄は、一旦おまえたちに預ける。よいな?」
バドリヌは、ぎこちなく平伏した。
「か、畏まり、ました」
その頃、ヤナンの市民救出のため、ゾイアの義勇軍は国境を突破しようとしていた。
その先頭を、三頭の馬が並んで進んでいる。
真ん中にゾイア、左右にロックとツイムが乗っていた。
下調べをして来たらしいロックが、並走しながらゾイアに説明しているところであった。
「以前に比べて国境警備の人数が少なくなってる。サイカの包囲戦で一万名がこっちに寝返り、ついこの前まで西へ二万集結させてたからな。特に、蛮族の割合が減ってる。バロード正規軍と傭兵騎士団が半々ぐらいだ」
「うむ。ならば、なるべく交戦は避け、手薄なところをサッと通り抜けよう。目星はついているのか?」
ロックは鼻を鳴らした。
「当ったり前じゃねえか! おいらを誰だと思ってんだ? 情報部隊長のロックさまだぜ!」
威勢のいいロックの言葉に、ゾイアも笑顔になった。
その笑顔のまま、反対側のツイムに尋ねる。
「皆の士気はどうだ?」
ツイムもつられて笑顔で応えた。
「ああ、みんな張り切ってる。義勇軍の参加者は、ロムどのの配下のバロード人が多いから、母国を救いたいという想いが強い。恐らく、ヤナンに親戚や友人がいる者も多いだろうからな」
ゾイアにそうしてくれと言われたのか、自然にそうなったのか、ツイムの言葉遣いは、随分対等に近いものになっている。
ゾイアも嬉しそうに頷いたが、すぐに表情を引き締めて前を向いた。
「なんとか一人の犠牲も出さずに解決したいものだ。急ごう!」
一方、ヤナンの鎮圧を命じられた蛮族軍一万は、甚だ士気が低下していた。
当初、西側国境付近に二万で集結している時には、カルス、即ち、かれらにとっては蛮族の帝王であるカーンと、その父ドーンという二大巨頭に率いられ、手柄を立てればすぐにでも褒賞を出すという話であった。
それが、先ず『荒野の兄弟』の砦を攻めに行った五千が機械魔神の暴走で散り散りとなり、続いてニノフが送った援軍を追尾した五千が挟み撃ちにあって大敗した。
その間、残る一万は、いつでも出撃できる態勢で待機し続けたのである。
それが、出番もないまま、一人で前線から戻ったカーンに急遽帰国を命じられ、強行軍でバロードに帰って来たものの、再び待つように指示された。
ならばゆっくり休もうと旅装を解いていると、龍馬をとばして戻って来たドーンから、直ちにヤナンに向かうよう命じられたのである。
進軍の足取りは重く、愚痴も出た。
無論、蛮族の言葉である。
『どうしちまったんだ、カーンさまは?』
『どうもドーンさまと揉めているらしいぜ』
『所詮、二人とも中原の人間ってことさ』
『いっそ、おれたちの中から、新しい蛮族の帝王を決めようか』
『いいな。だが、適任者がいるか?』
『個人はわからんが、メギラ族の誰かがいいんじゃないかな』
『ならば、族長のギルガだな』
『まだ若いぞ』
『いや、統率力は抜群だ』
『おれもいいと思う。確か、この一万の中に加わっていたはずだ』
『よし、決めた。みんなでお願いに行こうではないか!』
『おお!』
その数人が、行軍を離れた。




