362 魔王親征(7)
中原二分割を目指すバロードの聖王カルスは、放って置けば中原全体を制覇しかねない勢力を持つガルマニア帝国を、母ドーラの調略によって東半分に抑え込みながら、西半分に侵略の手を伸ばそうとしていた。
その障害となっているのが、カルスの実の子供であるニノフとウルス(と、いうより、実際には女性形のウルスラ)であった。
先ず、領土拡大に邪魔な南の『自由都市同盟』を潰そうと、その盟主となっている商人の都サイカを一万の兵で包囲させたが、結果的にはウルスラの説得によってほぼ全軍が寝返ってしまった。
次にカルスは、母ドーラの勧めで矛先を西に転じる。
庶子であるニノフの王位継承権を剥奪し、仲介したケロニウスとの口約束に過ぎないとは云え、不可侵の取り決めを反故にして、西側国境近くに二万の兵を集めた。
そして、自ら兵を率いて、ニノフが新しい国造りを進めている暁の女神と、その同盟相手の『荒野の兄弟』を攻めたのである。
その際、ドーラの男性形である父ドーンも同行している。
ところが、『荒野の兄弟』の首領ルキッフの奇策によって機械魔神が戦闘不能となり、父をその場に残し、カルスは一旦エオスの近くの本隊に戻った。
だが、カルスはそこでまたしても、ニノフに協力しているウルスの従者タロスの罠に嵌り、大敗を喫してしまう。
敵の真っ只中に一騎で取り残されたカルスは、女性形のカンナになり、更に白いコウモリに変身してその場を逃れた。
飛んで行った先は、『荒野の兄弟』の砦を包囲している父ドーンのところである。
ドーンは、デウスエクスマキナの暴走で逃げ散った蛮族軍を何とか搔き集め、完全に砦へ通じる道を封鎖して兵糧攻めの態勢を作り上げていた。
今は、その一部が砦のある山の麓に下り、ニノフの送った援軍を迎え討つ準備をしている。
その指揮を執っているは、派手な仮面を被ったドーン自身であった。
そこへ、白いノスフェルがヒラヒラと舞い降りてきて、クルリと宙返りするとカンナの姿となって着地した。
ドーンに向かって歩きながら、徐々に筋骨逞しいカルスの姿に変わっていく。
それを視線の隅に捉えたはずであるのに、敢えてドーンはそちらを見ないで大きな独り言のように話した。
「余も老いたものだ。息子の幻が見えるわい。だが、そんなはずはないからのう。わが息子は、今頃は激しく敵と戦っているに違いないからな。おめおめと負け犬のように余の許へ来るなど、あり得ん」
皮肉たっぷりにそう言われ、カルスは唇を噛んだ。
しかし、思い直したように首を振り、笑顔を作って父に報告した。
「手厳しいお言葉、痛み入ります。なれど、今は弁解する暇もございません。明日には、ニノフの送った援軍と辺境からの軍、併せて九千がここに参るでしょう。その前にここを引き払い、一度帰国して出直しましょう」
ドーンは静かに仮面を脱ぎ、憐れむような目で息子を見た。
「何故だ? 危機と好機は隣り合わせなのだぞ。援軍が砦の外でウロウロしておるなら、これを叩けばよい。おまえは、ここへ来るのではなく、本隊に戻って一万を率い、途中で敗走した五千を拾い集めて、大軍を作って攻めて来るべきだったのだ。その間ぐらい、余が囮となって、この場を凌いだものを。おまえの頭には逃げることしかないのか。この、臆病者め!」
次第にドーンの言葉がキツくなり、最後には叱責を浴びせられたものの、カルスの笑顔は凍りついたように変わらなかった。
「父上のお怒りは尤もながら、辺境の難民を受け入れたいだけと申しておるニノフを敢えて潰さずとも、バロード傘下の自治領として認めるなど、他にも方法はございましょう。ウルスもまた然り。骨肉相食むばかりが中原統一の途ではないと存じます。寧ろ、わが子らと同盟すれば、容易く事業が進むのではありませぬか?」
ドーンが怒りで顔を真っ赤にして、息子を怒鳴りつけようとした、将にその時。
龍馬に乗った伝令が駆け込んで来た。
「申し上げます、申し上げます! 火急の事態にて、王都バロンより急行して参りました! 廃都ヤナンを中心に国民の暴動が起き、これに呼応するように、南側国境の外に三千名程の軍勢が迫って来ております!」
運命とは、時に悪戯者である。
亀裂の入りかけた聖王親子は、バロードの緊急事態を知り、それ以上の争いを止めたのである。
息子を叱りつけようとしていたドーンの顔色がスーッと白くなった。
「息子よ、その話はまたの機会にせよ。今は国家存亡の危急の時じゃ!」
カルスも氷のような笑顔を改めた。
「はっ! 直ちに本隊に戻り、急ぎ帰国いたしまする!」
南側国境の外に集結している三千とは、無論、ゾイアの組織した義勇軍である。
ゾイアの心積もりとしては、西側のニノフに集中しているカルスの意識を分散させ、遠方から援護しようということであったろう。
一方的にニノフの側が勝つなどという番狂わせは、さすがのゾイアも予想だにしていない。
ゾイアは同時に、バロード国内で高まっている反政府感情が暴発するかもしれないとの、『自由の風』代表のロムからの情報も考慮していた。
サイカを出発するに際して、ゾイアはそのことを義勇軍の参加者に説明した。
「蛮族軍が西側国境付近に集まっているとはいえ、単発的な暴動ならばすぐに鎮圧され、悪くすれば、全員が逮捕され投獄されてしまう。犠牲者も相当出るだろう。それをさせぬため、われらが国外から揺さぶりをかけるのだ!」




