361 魔王親征(6)
実際のところ、弓矢という武器は甲冑によってかなり防げる。
従って、これによって勝敗が決することはなく、相手の出足を止めたり、他の軍事行動の援護をしたり、という意味合いが強い。
ところが、精々革の防具程度の軽装備が多い蛮族には、相当な効果がある。
一方、蛮族の中でも、クビラ族のように割としっかりした鉄製の甲冑を身に着けている者たちは、どうしても馬の足が遅くなり、後方に取り残される。
つまり、タロスたち選抜隊の放った矢は、身軽で馬が先に進んだ蛮族たちに、次々と命中したのである。
立ち止まってしまった先頭集団に、後続の部隊が折り重なるように追突して来ている。
ここで、タロスの右腕が再び上がり、振り下ろすのと同時に進撃を命じた。
「押し出せーっ!」
鬨の声が上がり、選抜軍は蛮族軍を囲むように移動し、突っかけて来る者に馬上から槍を繰り出し、徐々に包囲を狭めている。
大混乱となった蛮族軍の中で、先頭の一騎だけは長剣を自在に振るって矢を叩き落し、全く速度を緩めずに突き進んで来ていた。
蛮族の帝王の恰好をしたカルスである。
カルスは脇目も振らず、唯只管にタロスを目指していた。
「おまえは、タロスかっ! 裏切り者め、覚悟せよーっ!」
タロスは、スーッと息を吸うと、剣を抜いて構えた。
「裏切りではありませぬっ! これもまた、ウルスさまとウルスラさまのため!」
ガキンと金属同士がぶつかる音が響き、二人の一騎打ちのような形となった。
その周囲では大混戦となっており、とても大将同士の戦いに加勢できる状態ではない。
両軍とも、一気に白兵戦に突入したが、そうなると、先手を取って優勢に戦っていたタロスの軍が、個々の戦闘力に勝る蛮族軍にジリジリと押し返され始めた。
馬上で丁々発止と剣を交わしつつ、カルスが嘲笑った。
「誰の策戦か知らんが、薄衣で猛獣を包んで置けるものか! 喰い破ってくれるわ!」
タロスも負けずに言い返す。
「如何にも薄いとは存じますが、二重でございますれば、なかなか破れはいたしませぬぞ!」
「何っ!」
カルスにも、後方から迫って来る鬨の声が聞こえてきた。
タロスは斬り込みながら、カルスに告げた。
「辺境からの援軍にございます!」
タロスの剣を跳ね返しながら、カルスは猶も強気な態度を崩さなかった。
「ふん! 弱兵が多少増えたとて、どうということもない!」
「弱兵でもありませんし、多少でもありません! 辺境伯軍三千にございます!」
ところが、援軍はタロスの想定すら上回っていた。
中核は無論辺境伯軍であったが、その周囲に異様な姿の騎馬隊がいる。
襤褸布のような服を身に纏っているところを見ると、遊牧民のようである。
その辺境伯軍と遊牧民軍併せて四千程の先頭を駆けているのは、真っ赤な甲冑に身を包んだマーサ姫であった。
「辺境の意地を見せるのじゃ! わらわに続け!」
土煙を上げて、一気に乱戦の中に突っ込んで来た。
互角の戦いをしているところで、いきなり一方の人数が倍になったのである。
先日の『荒野の兄弟』の砦の時と同様に、不利な情勢になった時の蛮族軍の脆さが出た。
薄い包囲網を擦り抜け、われ先に遁げ出したのである。
水に浮かべた氷塊のように、みるみる蛮族軍が減って行く。
タロスは少しカルスから距離を取り、呼び掛けた。
「王よ! こうして争うのは、わたしとて本意ではありませぬ! どうか、当初の約束どおり、ニノフ殿下との不可侵をお守りください! 殿下にバロードへの野心など在りませぬ! 今後難民となること必定の辺境の民を、受け入れる器を創ろうとされておるだけにございまする!」
カルスの返事は、タロス目掛けて投げつけられた剣であった。
説得に意識が集中し過ぎたのか、カルスの膂力が強すぎるのか、タロスは辛うじて飛んで来た剣を自分の剣で弾いたものの、あまりの衝撃に剣を落としてしまった。
痺れた利き腕をもう一方の手で押さえているタロスに、カルスが嘲笑を浴びせた。
「愚か者め! 余が手加減してやっていることにも気づかずに、得意げに滔々と説教を垂れおって! おまえが死んではウルスとウルスラが悲しむであろうとの親心、よくも踏みにじってくれたな! これより後、ニノフ同様にウルスの王位継承権も剥奪する! ウルスの許に戻ることがあらば、そう伝えておけ!」
タロスは、周囲を見回しながら言い返した。
「お言葉ながら、既に王を護るべき兵など、お近くには一人もおりませぬぞ。潔く投降されよ!」
タロスの言うとおり、蛮族軍は殆ど逃げ去って、二人を遠巻きにしているのは全てタロスの軍勢である。
しかし、激しい言葉の応酬は時間稼ぎであったらしく、タロスが気づいた時には、カルスの体つきが細く柔らかく変わっていた。
さらに派手な仮面を脱ぐと、女性の顔で嫣然と微笑んだ。
「次に会う時には、容赦はせぬぞよ」
タロスが「いかん、逃げられる! 取り押さえよ!」と周囲の兵に叫んだ時には、カルスは、いや、カンナはクルリと馬上で宙返りして白いコウモリとなり、ヒラヒラと飛び去った。




