360 魔王親征(5)
機械魔神が落とし穴に嵌った三日後の朝、暁の女神の砦では、五千の兵が出撃の準備をしていた。
兵といっても、ほぼ全員が騎乗している。
騎馬兵のみで五千名という珍しい構成で、機動軍の者も北方警備軍の者も含まれているようだ。
選抜隊ということであろう。
率いているのは、なんとタロスであった。
将軍のような甲冑を身に着けている
見送るニノフ、ボロー、ペテオの三人の前で、タロスは頻りに照れていた。
「この様に美々しい恰好でなくとも、良かったのだが」
ペテオが自慢の口髭を捻りながらニヤついている。
「いやあ、似合うじゃねえか! ゾイアの大将と違って気品ってもんがあるよ」
さすがにペテオも、バロードの生まれだからだろう、という言葉は呑み込んだ。
今、正にそのバロードと戦っているからだ。
見送る側も、ニノフにとっては敵の大将は自分の実の父なのである。
それでも、ニノフは複雑な心情は見せず、笑顔でタロスに声を掛けた。
「兵たちも皆勇んでいますよ。タロスどのの発案された策戦なのですから、どうぞ存分に戦ってください」
言外に、自分の父に遠慮せずに、という意味合いを含ませている。
何しろ、王子付きの従者であったタロスにとっては、カルスはホンの一年程前までは自分の主君だったのである。
その気遣いを察したタロスは、生真面目な顔で応えた。
「遠慮などいたしません。わたしの忠誠は第一にウルス・ウルスラ両殿下にあり、そして、第二以下はございません。そのお二人の生命を危うくするようなお方は、誰であろうと許しませぬ。たとえ相手が、わたしにそれをお命じになったご本人さまであっても」
ちょっとシンとなった空気を変えようと、ボローが「それにしても見事な策だ。やはり、将才があったのだな」と褒めた。
タロスは、今度は照れずに首を振った。
「いや、それは違う。わたしも最初は、自分には隠れた軍略の才があったのかと少し自惚れかけた。だが今は、謙遜ではなく、どうもそうではないと思っている。この能力は、ゾイア将軍の置き土産なのだ」
「置き土産?」
ボローに鸚鵡返しに尋ねられ、タロスは深く頷いた。
ああ、自分ではそう思う。
聞くところによると、ゾイア将軍の持っている現在の中原に関する基本的な知識は、喋っている言葉も含めて、わたしから得たものらしい。
最初にスカンポ河の畔で遭遇した際だな。
この時に、わたしは一時的に記憶を失くしたのだが、ニノフ殿下の家で記憶を取り戻した時には、完全に以前のわたしと変わらなかった。
ところが、サイカ包囲戦の最中、光る球の状態になったゾイア将軍を元の姿に戻すため、再び合体した後は、少し変化があった。
勿論、わたし自身は覚えていないのだが、もう一人のわたしであるティルスという男は、サイカ包囲戦では一つの方面を指揮したという。
ルキッフどのも、以前と少し変わったようだと言われていた。
そして、記憶を取り戻し、わたし自身に戻った後、自分でも違いを自覚するようになった。
上手く言えないのだが、以前の自分よりも視野が広くなった気がする。
今迄何気なく見過ごしていたことが、ちゃんと意味を持って見えるようになった。
これが、ゾイア将軍の置き土産だと思う。
軍略の才というより、ものの見方、考え方が、広く、そして、深くなったようなのだ。
尤も、それはまだ頭の中だけのことだ。
それが本当に正しいかどうかは、実戦の中で、自分の目で確かめるより他にない。
では、ニノフ殿下、ボローどの、ペテオどの、後のことはよろしくお願いする。
それだけ言うと、タロスは迷いが吹っ切れたように明るい顔になり、率いる選抜隊五千に号令した。
「これより出撃する! わたしが命ずるまで、全力で駆けよ!」
どよめくように「応っ!」という声が上がり、タロスを先頭に五千の騎馬武者が駆け出した。
タロスは馬上で時々振り返っては声を掛ける。
「速度を緩めるな! 簡単に追いつかれては、元も子もない! 必要な距離を稼ぐのだ!」
猛然と北上する五千の騎馬兵の先頭を駆けるタロスが止まった時には、エオスの砦はとっくに地平線の彼方になっていた。
馬首を廻らせたタロスが、大音声で命じる。
「全軍、停止! 反転し、横に展開せよ!」
タロスの選抜隊五千が横に広がり終えた頃に、前方から激しい土煙が迫って来た。バロードの蛮族軍である。
先頭の一騎が突出しており、それを追うように末広がりに人馬が続いている。
先頭の一騎に騎乗している人物の派手な仮面を見て、タロスは「やはり御自ら」と呟いた。
が、何かを振り払うように大きく首を振ると、グッと右の拳を挙げた。
「全軍、弓を構えよ!」
横に展開し、両端まではさすがに声が届かないため、途中の者が「弓を構えよ!」と繰り返している。
矢が番えられるキリキリという音が、幾重にも木霊する。
その間にも蛮族軍は猛然と迫って来ており、先頭のカルスにはもう声が届きそうな距離になったが、タロスの右腕はまだ上がったままだ。
全軍が息を呑む中、蛮族軍の遥か向こう、地平線のやや西寄りの方から狼煙のような煙が上がった。
それを目にするや否や、タロスの右腕が振り下ろされた。
「放てーっ!」




