359 魔王親征(4)
商人の都サイカの自警団長で、実質的な支配者であるライナの屋敷。
サイカとは同盟関係にある暁の女神のニノフと対峙していたバロード軍二万の内の五千が、同じく同盟相手の『荒野の兄弟』の砦に向かっているとの報告を受け、ライナ、ゾイア、ギータ、ウルスの四人が、その一室に集まっていた。
そこへ、別動隊五千を率いているのが、蛮族の帝王の恰好をした二人であるとの報せがあり、ウルスは自分の父と祖父であろうと告げたのである。
「おまえの父親はカルス王だが、祖父とは、ワルテール平原の時にカルスの影武者を務めたという人物じゃな。最近では、女性の方の姿で和平会談に来ていたというが、なかなか危険な相手よのう」
さすがに情報屋のギータは、多忙な中でも、そこまでの事情は把握していた。
実はその人物こそが、歴史上の聖王アルゴドラス本人であることは、行方を晦ませているサンジェルマヌス以外では、息子のカルスと孫のウルスしか知らないことである。
今、ウルスは、それをここで言うべきか、迷っているようであった。
チラリとゾイアの方を覗き見ていると、ウルスの瞳の色がスーッと薄くなり、唇が「だめよ」という形に動いて、また瞳の色がコバルトブルーに戻った。
「そうだね。また変なことになるかも」
ウルスは思わず呟いたが、ギータに「何か言ったかの?」と聞かれると、首を振った。
それをどう受け取ったのか、ライナが「ウルス坊やの気持ちはわかるけど」と口を挟んだ。
「たかが五千の別動隊に、大将とその親がついていくなんて、尋常じゃない覚悟があるってことさ。何がなんでも『荒野の兄弟』を潰す気だよ」
だが、ゾイアは「いや、そうでもあるまい」と首を振った。
「そう見せかけてニノフどのに援軍を出させ、本隊の方でエオスを攻めるつもりであろう。状況を見て、カルス王かその父が、すぐに本隊に戻るはずだ。ルキッフどのも、そこまではわかっているだろうから、逆に、何らかの策で別動隊を足止めし、事態を膠着させるだろう」
ライナが首を傾げた。
「でも、それだと、ずっと睨めっこのまんま、固まってしまうんじゃないのかい?」
ゾイアはニヤリと笑った。
「そうさせぬよう、われらが突っつくのだ」
ところが、膠着状態にはならず、機械魔神が落とし穴に嵌った三日後には、早くも事態は動いた。
ドーンの別動隊が『荒野の兄弟』の砦を完全に孤立化させ、カルスが本隊で攻撃の準備を進めていると、エオスの砦から軍の一部が出て来たのである。
そのまま一気に北上し始めた。
『荒野の兄弟』の砦へ向かう援軍であろう。
あまりに思う壺で、却ってカルスは怪しんだ。
「これは罠なのか? それとも、ニノフの焦りなのか?」
しかし、無論放っては置けない。
問題なのはその数であった。斥候からの報告では、五千はいるという。
事前のカルスの予想では、ニノフが援軍を出すとして二千、多くても三千と見ていた。それくらいならドーンに任せ、自分はエオスの攻略に専念できる。
ところが、五千も援軍が行けば、徒でさえ士気の下がっているドーンの別動隊は、『荒野の兄弟』の二千五百と上下から挟み撃ちとなり、大敗しかねない。
かと言って、残る九千が籠るエオスの砦を、カルスの本体一万五千で攻撃しても、簡単には落とせない。
攻め倦んでいるうちに、別動隊が壊滅してしまう。
カルスの策戦は、先にどちらかの砦を落とし、残った砦を全軍で潰すというものであり、そのための両面作戦であったのだ。
「くそうっ! ニノフめ!」
カルスの胸中には、妻の死に対する父への疑念があったであろうが、今はそれどころではなかった。
今回は蛮族の秘書官を呼んで、出撃の指示を出した。
「直ちに本隊から五千名を割いて、ニノフの援軍を追尾させよ。全員、蛮族で構わん。同時に、おやじどのに伝令を飛ばし、『荒野の兄弟』の砦を包囲している軍の半分を下に降ろして、ニノフの援軍を止めてくださいと伝えよ。追って、こちらの五千が着いたら、挟撃しますから、とな」
「はっ!」
そのまま出て行こうとする秘書官を、カルスは考えながら止めた。
「ちょっと待て」
大きな危機は大きな好機でもある。
ここでニノフが出した援軍五千を敗走させることができれば、一気に勝負が着く。
カルスは命令を変更した。
「五千の追尾軍は、余が自ら率いる。残る一万でガッチリここを固め、ニノフが身動きできぬよう、見張っておれ」
言うや否や、カルスは正装を脱ぎ捨て、再び蛮族の帝王の姿に戻った。
戦うには、その方がいいのであろう。
派手な仮面を被り、表情は見えなくなったが、全身に闘志が漲っている。
「馬引けっ!」
「ははあーっ!」
野営地を一騎で飛び出して突き進むカルスを追うように、準備のできた者から二騎、三騎と出撃して行く。
後ろから聞こえる人馬の声で人数が雪崩を打つように増えているのがわかるのか、カルスは振り返ることさえせず、只管にニノフの援軍五千を追った。
この辺りの緩衝地帯はまだ起伏が少なく、全力で追えば、日没前には追いつけるという判断である。
ところが、それ程時間が掛からずに、相手の姿が地平線に見えて来た。
しかも、その場に止まって、こちら向きに軍勢を横に展開している。
明らかな待ち伏せであった。
だが、カルスは馬上でせせら笑った。
「馬鹿め! 観念して、ここで決着をつけるつもりか。同じ人数なら蛮族に敵うものか!」
ところが、そこへ後方から蛮族の伝令が駆け寄って来て、たどたどしい中原の言葉で報告した。
「大変! 後ろから、別の軍、来てる!」
「何っ! あれほどニノフの砦を見張れと申したのに!」
「違うよ! 西の河の方から、上がって来た、軍だよ!」




