358 魔王親征(3)
暁の女神の砦会議室に、ニノフ、ボロー、ペテオ、タロスの四人が集まっていた。
西側国境付近のバロード軍二万の内、五千が『荒野の兄弟』の砦へ向かったとの報告を受け、援軍を送るべきと主張するボローを、ニノフはルキッフから事前に必要ないと言われていると断った。
珍しく激昂するボローを宥めるペテオに、意外にもタロスが「わたしもそう思う」と同調したのである。
「何故大丈夫なのか、理由は説明できないが、ルキッフどのがそう言われたのなら、何らかの秘策があるのだと思う」
記憶を失っていた時期のタロスが、ティルスという名で『荒野の兄弟』の一員であったことを良く知るボローは、その言葉を聞いて昂った気持ちが鎮まったようだ。
「そうか、そうだな。うむ。おれとしたことが、平常心を失くしていた。ニノフ、すまん。ペテオ、タロスどの、申し訳ない」
ニノフもホッとしたように笑顔で頷いた。
「ボローの気持ちはおれもよくわかる。しかし、タロスどのが言われたように、ここはルキッフどのを信じるべきと思う。その上で、善後策を講じよう」
因みに、この時点では、バロード軍を率いているのが蛮族の帝王の恰好をした二人であるとか、機械魔神が同行しているとかの情報はまだ入って来ていなかった。
翌日、それが伝わった時には、ルキッフたちの落とし穴が見事に成功し、デウスエクスマキナを倒したという報告と一纏めとなった。
報告を受け、昨日に引き続き、ニノフは会議室に幹部たちを呼んだ。
但し、ケロニウスだけは間もなく辺境に出発するため、今日も来ていない。
「やるじゃねえか、野盗の大将!」
喝采するペテオを、今日は会議に出席しているマーサ姫がジロリと睨んだ。
「結果として成功したから良かったが、一つ間違えば、大敗したかもしれぬぞ。わらわなら、早めに援軍を送るよう勧めたものを」
昨日は援軍を主張していたボローが、苦笑しながら聞いている。
ところが、昨日援軍を止めたタロスが、また皆を驚かすような発言をした。
「いや。ニノフ殿下、今こそ、大規模に援軍を出しましょう」
所詮野盗あがりとルキッフたちを甘く見て、デウスエクスマキナを戦闘不能にしてしまったカルスは、頗る機嫌が悪かった。
喧嘩別れのようにドーラを現場に一人残し、白いコウモリとなって本隊の一万五千が待つ西側国境の野営地に帰り、カルスの姿に戻ったものの、もう蛮族の帝王の恰好はしなかった。
それどころか蛮族の秘書官を遠ざけ、久しぶりにバロード人の秘書官を呼んだのである。
蛮族の秘書官から「聖王、とても、怒ってる」という有難くない申し継ぎを受けたバロード人の秘書官は、恐る恐るカルスの天幕を訪ねた。
「お呼びにより、参上仕りました。ラクトスにございます」
「おお、苦しゅうない。入れ」
ラクトスという秘書官は、中に入って驚いた。
野営地の天幕の中にも拘わらず、カルスは最近新調したばかりの聖王の正装を身につけていたのである。
唖然とするラクトスを、機嫌が悪いはずのカルスが微笑んで手招きした。
「遠慮するな。ここは戦場だ。礼儀作法など忘れよ。余も椅子に座るから、おまえもここに掛けよ」
そう言って、カルスは手ずから椅子を勧めた。
「きょ、恐悦至極に存じ上げ」
カルスは、平伏する勢いのラクトスの手を取り、皆まで言わせずに座らせた。
さすがに、力は強い。
「そう格式ばるな。まあ、そこが、バロード人の良いところだがな。それに引き換え蛮族は!」
微笑んでいたカルスが、急に怒りを露わにしたため、ラクトスは「ひっ」と息を呑んだ。
「余は由緒あるバロードの聖王であるぞ! それを如何なる危険があろうと、いや、危険があればこそ、放ったらかしで逃げるなどという無礼があろうか! 言語道断ではないか!」
まるで、自分が叱られているかのようで、ラクトスは堪らず椅子を降り、その場に土下座した。
「も、申し訳ございません!」
だが、カルスは再び優しい声に戻り、「おお、すまぬ。面を上げてくれ」とラクトスに詫びた。
躊躇った末に顔を上げたラクトスは、怒りの表情より恐ろしい笑顔というものを、初めて目にした。
「ラクトスよ。おまえに密命を与える。よいか、決して他言するなよ。かの憎きカルボンめが謀叛を起こした際、何故か、余よりも先に妃のウィナの生命を狙った節がある。その理由を調べて欲しいのだ」
そのウィナの子供であるウルスがいるサイカにも、バロード西側国境に集結した軍の一部が、『荒野の兄弟』の砦に向かったとの第一報が入った。
ロックとツイムは義勇軍の準備に忙しく、ゾイア、ウルス、ギータの三人がライナの屋敷に集まった。
「愈々開戦じゃな。ルキッフという男が、上手く凌げればよいが」
子供用の高椅子に座ったギータが首を捻ると、正面のライナが頷いた。
「そうだね。わたしもギータも戦後処理のバタバタで、あの男とはゆっくり話もできなかったけど、面構えは一癖も二癖もありそうだったけどねえ」
懐疑的な二人に、ゾイアが笑顔で断言した。
「いや、ルキッフどのなら何か奇策を考えておるだろう」
その時、男衆の一人が報告に来た。
「国境から『荒野の兄弟』の砦へ向かう五千を率いているのは、蛮族の帝王の姿をした二人とのことです」
途中の時間差があり、サイカへは、まだそこまでの情報しか届かなかったようだ。
勿論、それを耳にしたウルスの顔は蒼褪めた。
ギータが、「はて、二人とは?」と訝ると、辛そうにウルスが答えた。
「ぼくの父と祖父だと思います」




