357 魔王親征(2)
強力な武器は、常に諸刃の剣となる危険を秘めている。
ルキッフたちの掘った落とし穴に嵌まった機械魔神は制御不能となって、無差別に炎と光線を撒き散らした。
蛮族の帝王の格好をしたカルスが声を枯らして「やめよ!」と命じても止まらない。
周囲の蛮族軍にも被害が及び、皆悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
「ここは一旦逃げるぞえ!」
言われたカルスが驚いて振り返ると、早くもドーンは仮面を脱いでドーラに変身しており、馬上でクルリと宙返りすると、灰色のコウモリとなって飛び立った。
「し、しかし」
反論しようとしたカルスは、反射的に首を引っ込めた。
その頭上をデウスエクスマキナの光線がビュッと薙いで行く。
チリチリと髪の毛の焦げる臭いがした。
さすがに身の危険を感じたカルスは、「くそっ!」と罵りながらも女性形のカンナに変身し、更に白いノスフェルとなって空中へ逃れた。
やがて活動源が切れたのか、デウスエクスマキナが大人しくなった時には、周辺に百名を超える蛮族軍の焼死体が残されていた。
そこへ灰色と白のノスフェルがヒラヒラと舞い降りて来て、それぞれクルリと宙返りしてドーラとカンナとなった。
だが、まだブスブスと燻ってっている地面には降りず、少しだけ浮身している。
その姿は双子のように似ていた。
遠目では、ドーラの髪が完全な銀髪で、カンナの髪がやや金髪に近い色である以外、殆ど区別がつかない。
空中浮遊しながら、二人は周辺を確認しているようだ。
蛮族軍は逃げ散ってしまい、既に遺体となった者以外、近くには誰も残っていない。
デウスエクスマキナ自体は、周囲の地面が一度融けた後冷え固まって、そこに下半身が埋もれてしまい、上半身だけの彫像のような姿になっている。
現場の惨状を見て、ドーラが呻くように吐き捨てた。
「何たることか!」
カンナは頭を垂れた。
「申し訳ございません、母上」
カルスと違い、カンナは母上と呼ぶようである。
「おお、なんの、おまえが詫びることではない。しかし、実際の死者以上に、被害は甚大よのう」
「真に。蛮族軍を呼び戻し、戦意を回復するまで、時間が掛かりましょう。それに、これはもう使い物になりますまい」
そう言って、地面に半分埋まった状態のデウスエクスマキナを指した。
が、ドーラは首を振った。
「いや。今すぐは無理じゃが、完全に冷えたら、再起動すればよい。多少は予備の動力が残っておろうから、自力で地面から抜け出せるぞえ」
「それでも、一旦は洞窟に戻して動力源を補給させねばなりませんわ。出直しましょう」
男性形のカルスに比べるとカンナの方が幾分おっとりしているようだ。
尤も、それはドーラの望んだ応えではなかったらしい。
「何を言うか! せっかくここまで出張って来たのじゃぞえ。手ぶらでは帰れぬわい。蛮族が散らばったのなら、勿怪の幸いじゃ。当初の早期決戦案は捨て、砦をぐるりと封鎖して兵糧攻めにすればよい。本当にやれば日数が掛かり過ぎるから、フリでよいのじゃ。さすれば、必ずニノフは援軍を送るであろう。その時、本隊に暁の女神を総攻撃させ、こちらも最低限の抑えだけ残してそちらに向かう。後は一気にエオスの砦を潰すのじゃ。そちらが済めば、全軍でここを囲み、今度こそデウスエクスマキナに山ごと焼き払わせよ!」
カンナは唇を噛んだ。
高圧的に命じる母に反発を禁じ得ないようだ。
しかし、男性形のカルスのように反論はせず、「わかりました」と頷いた。
「それでは、ここは母上にお任せいたします。わたしは本隊に戻り、総攻撃の手筈を整えまする」
本音は、親子喧嘩にならぬよう、少し頭を冷やしたかったのだろう。
ドーラもそれを察したのか、「よいぞ」とだけ告げた。
カンナが再び白いノスフェルに戻って飛んで行くと、ドーラは溜め息混じりに呟いた。
「魔剣が消滅してから、どうも気が弱くなっておるようじゃの。それとも、あれの父のピロスの軟弱な性格が出てきておるのか。こうなると、早う蛮族の血を引く孫に譲位させたいものじゃが、まだ生まれてもおらんからのう」
バロードの西側国境付近に集結していた二万の軍勢の内、五千が『荒野の兄弟』の砦へ向かったとの第一報がニノフに伝わったのは、その頃である。
ニノフは急遽主だった幹部を会議室に呼んだ。
既に辺境へ渡河する準備を始めているケロニウスと、それを手伝っているマーサ姫以外の、ボロー、ペテオ、タロスの三人が集まって来た。
顔の下半分を覆う黒髭が胸毛と繋がったボロー、浅黒い顔に伊達者のように口髭を整えたペテオ、髭こそないものの闘士並みの体格をしたタロスという三人の強者に囲まれると、ニノフは一見優男のように見える。
しかし、バロード軍の動静を伝えるその声には自然な威厳があり、三人の武将は傾聴していた。
「援軍を送ろう! いや、おれが行く!」
直ちにそう言ったのは、副将のボローであった。
バロードが共和国であった頃、『荒野の兄弟』との同盟を取り纏めたのがボローであり、同じく先方の交渉役であったベゼルの弔い合戦という気持ちもあるようだ。
だが、ニノフは首を振った。
「待ってくれ。予めルキッフどのから言われているのだ。少々攻められても持ち堪えるから、援軍は送らないでくれと」
普段はニノフを師のように慕い、逆らったことなどないボローが、珍しく顔色を変えて反論した。
「じゃあ、見殺しにするのか!」
困ったものだという顔で口髭を捻っていたペテオが、「まあ、落ち着けよ」と口を挟んだ。
「ワルテール平原の時もそうだったが、ルキッフってのは大したやつだ。地の利を活かして、如何にも野盗風の戦術で敵を翻弄する。あいつが大丈夫って言うなら、任せていいんじゃねえか」
すると意外な人物が「わたしもそう思う」と同意した。
タロスであった。




