356 魔王親征(1)
中原の人々から鉄の巨人として怖れられているものは、超古代文明の末裔を自任する主知族が所有していた『魔道神の三種の利器』の一つ、機械魔神であった。
元々は兵器ではなく、隧道を掘るような土木作業用の道具であるという。
これを奪ったアルゴドラスが、中原制覇のための武器として使用し、息子のカルスもバロード奪還の主要な戦力にした。
そして、今また『荒野の兄弟』の砦を攻撃するために、国境付近に集めた二万の軍から五千を分けた先遣隊に同行させていた。
と、なれば、そこに親子のどちらかが居ることになる。
実際には、親子二人で馬の轡を並べて進軍していたのだった。
しかも、二人とも蛮族の帝王の格好で、共に派手な仮面を着けている。
「久しぶりに胸が躍りますね、おやじどの」
どちらも筋骨隆々ながら、二人で並ぶとやや細く見えるカルスがそう言うと、アルゴドラスは、いや、この場ではドーンと呼ぶべきだろうが、嬉しそうに頷いた。
「あれこれ陰謀を廻らすのも好きだが、偶には馬上で槍を振るうのも悪くないな」
そう言いながら、クルクルと槍を回して見せた。
「太った皇帝は放っておいてもよいのですか?」
息子に聞かれたドーンはフンと鼻を鳴らした。
「さすがにもう、顔を見るのも厭き厭きしたわ。煩く嗅ぎ回っていた東方魔道師も始末したし、ゲルカッツェには強めに暗示をかけたから、当分大丈夫であろう。おまえこそ、聖王宮を空けてよいのか?」
「おやじどのと同じですよ。ずっと宮殿の中では息が詰まります。バポロの始末に自ら出向いたのもそのためです。まあ、ウルスの方から仕掛けて来ることはないでしょうし、ニノフの砦への抑えとして国境付近に本隊の一万五千を残しておりますし、この先遣隊五千を邪魔するものはおりませんよ」
ところが、緩衝地帯を抜け、そろそろ道の勾配が上がって来るところに差し掛かると、樹々の合い間に潜んだ少人数の部隊が盛んにちょっかいを掛けてきた。
『荒野の兄弟』のお得意の戦法である。
自信たっぷりだったカルスは苛立ち、早くも「デウスエクスマキナ、焼き払え!」と命じた。
カルスたちと並行して進んでいた鉄の巨人が斜め前に進んだ。
身長は常人の五倍ほどあり、身体全体に甲冑を纏っているような金属に覆われている。
金属の表面に塗料が施されていてわかりづらいが、実は鉄ではなく、オリカルクムのようである。
ガシャン、ガシャンと板金鎧を着た騎士が歩くような足音を響かせ、少人数部隊が隠れていると思われる雑木林の前で止まった。
デウスエクスマキナは機械の口をクワッと開くと、轟々と火を噴いた。
忽ち樹々が燃え上がり、潜んでいた少人数部隊の兵士が悲鳴を上げて逃げて行く。
それを追うように前進しながら、デウスエクスマキナは更に目から強烈な光を放射し、逃げる兵士たちを狙った。
光が当たると、樹木は瞬時に黒焦げとなり、岩すら表面が融けている。
が、『荒野の兄弟』の兵士たちが焼き殺される前に、驚くべきことが起こった。
デウスエクスマキナの身長が、急に半分程に縮んだのだ。
いや、よく見れば、身体の半分が地面に埋まっている。
予め掘られていた落とし穴に嵌まったのであった。
デウスエクスマキナは自分の重さで身動きが取れず、制御を失って出鱈目な方向に炎を噴き、光線を放射したため、蛮族軍側に被害が出始めた。
「ええい、やめよ! やめぬかっ!」
カルスの必死の命令も届かない。
その少し前。
バロードからの正式な使者であったバポロを殺したとの言い掛かりをつけられた『荒野の兄弟』は、首領のルキッフがのらりくらりと追及を躱していたが、遂にカルスから最後通牒を突き付けられ、いつ開戦となってもおかしくない状態になっていた。
ルキッフは、同盟相手のニノフには状況を逐一伝えてあったが、決して援軍をくれとは言わなかった。
「おかしら! 何故援けを呼ばないんですかい?」
手下に聞かれたルキッフは、苦笑して首を振った。
「ニノフ殿下に、こっちに援軍を廻させるのが敵の狙いだからさ」
「はあ?」
全くピンと来ていない手下に、ルキッフは「せめてティルスがいてくれりゃあなあ」と溜め息を吐きながも、説明してやった。
いいか。敵は西側国境付近に二万集めてる。
こないだのサイカ包囲戦で一万こっちに寝返ったから、本土防衛以外にすぐ出せる軍は、これがギリギリだろう。
一方、ニノフ殿下の暁の女神の砦には一万四千、おれんとこには二千五百だ。ワルテール平原の時みたいな平地での戦いなら人数の多い向こうが有利だが、砦二つを同時に潰すには、全然足りねえ。
じゃあ、どうするか。
一個ずつやるしかない。
当然、小さい方が先だ。
つまり、ウチだな。
ところが、二万全軍は、この狭い山地にはどうせ入れねえ。まあ、精々五千だ。
残った方は敵味方とも、ほぼ互角の人数になる。
まあ、砦のある方が多少有利だが、向こうの砦は平野のど真ん中だからな。
大した差はねえ。
となると、睨めっこでどっちも動けない。
この状態で、おれが援軍を頼んでみろ。
優しいニノフ殿下は、すぐに三千ぐらい出すだろう。
一気に均衡が崩れて、味方は共倒れだ。
だから、石に齧りついても、おれたちだけで戦うんだ。
だが、カルスって野郎は頭がいいから、恐らくそこまで読んでる。
となると、兵力の足りない分を補うために、例のデカイやつを連れて来るだろう。
その備えを、今から大急ぎでやるのさ。
さあ、飯食う暇も惜しんで、でっかい穴を掘るんだ!




