355 啐啄同時
ライナの屋敷では、ゾイアたちが集まって、今後の対応について話し合っていた。
ニノフからの難民を受け入れて欲しいとの依頼に、ゾイアもギータも受け入れた方が良いとの考えを示した。ギータがその意味を皆に説明している。
確かに、最大二十万人が一度に来れば、大混乱となろう。
少なくとも、一年か二年かけて少しずつ移動させねばならん。
それぐらいの時間の余裕はあるのか、ウルスラ?
ほう、あるのだな。
よいよい、理由がわからずとも、おまえがそう思うのなら正しかろう。
ならば、受け入れるべきだ。
わしがこう言うのは、中原全体の人口構成を考えてのことなんじゃ。
一口に『豊穣神の箱庭』などとと云われるが、人口密度では明らかに南北で格差がある。
バロードやガルマニアがある北半分に比べ、南側は人口が少なく、大きな国もない。
理由は、土地が痩せておるからだ。
更にわしらのおる西南部には乾燥という悪条件があり、ガイの里などがある東南部には土壌に含まれる毒素という問題がある。
まあ、東南部のことは、一先ず置こう。
この二日間、義勇軍を呼び掛けるため、わしらは駆け足で西南部の自由都市を回った。
どこでも返事は同じであったよ。
人を出す余裕がない、とな。
今後、西北部にあるバロードが拡大政策を採るのは間違いなく、それに対抗しようにも、兵力以前に抑々人口が足りないんじゃよ。
辺境は、気候風土としては中原西南部に近い。
もっと乾燥し、もっと土地が痩せているがな。
移住先としては、一番合っているじゃろう。
問題は、増える人口をどうやって養うか、じゃ。
水については、『自由の風』のロムたちがやっているように、水が枯れてしまった廃市の井戸を掘り直すのもいいじゃろう。
或いは、南のアルアリ大湿原から水を引いて来ることも考えられよう。
東南部に比べて面積は狭く水量も少ないが、毒素はないからのう。
土地の肥沃化については、それこそ遊牧民に定住してもらって、家畜の糞などで改善していけばよい。
ともかく、バロードに押し潰されぬためには、兵力と共に、それを支える豊かさが必要なんじゃ。
人も、家畜も、農産物も増えれば、サイカの商売も活気づく。
そういうことであろう、ゾイア?
ギータが話している間中、莞爾と微笑みながら聞いていたゾイアは、大きく頷いた。
「正にそのとおりだ。さすがに、ギータは口が上手い。あ、いや、いい意味で、だぞ」
ギータが苦笑した。
「褒めるなら、雄弁じゃとか言ってくれ」
ゾイアも笑ったが、すぐに表情を引き締めた。
「難民の受け入れについては、これから追々に話し合ってゆこう。それより、喫緊の課題は義勇軍だ。われはロムに聞いてみたが、出せても二千という答えであった」
ロックが鼻を鳴らした。
「それはマシな方さ。おいらが回ったとこなんざ、数十人って返事だったぜ」
ツイムも頷く。
「ああ、おれも出せて百人と言われたよ」
ギータは皺深い顔を一層顰め、「じゃろうな」と溜め息混じりで呟いた。
と、いきなりライナがバーンとテーブルを叩き、叫んだ。
「しけた面するんじゃないよ! サイカから二千、いや、三千出してやるさ!」
これには、ゾイアが首を振った。
「いや、それではサイカが丸裸になってしまう。五百でよい。諸々併せて三千人集まれば、何とか戦略は描ける」
大人たちの言い分を聞いていたウルスラが、小さく手を挙げた。
「わたしから、サンサルスさまにお願いしてみましょうか?」
ゾイアは笑顔ながらも断った。
「いや、今はまだその時機ではあるまい。包囲戦では、かなり無理をしてもらったからな。いざとなればプシュケー教団が背後にいる、というだけで、相当な抑止力にはなる。それに、今回は主戦場が『荒野の兄弟』の砦の近くになろう。プシュケー教団の拠点であるシンガリアからは、幾つも山越えするか、大きくバロードの南を迂回するかしかない。どちらも難しいと思うぞ」
これを聞いて、横のロックが口を尖らせた。
「おいらたちだって遠いよ! どうすんだい?」
ゾイアは、ニヤリと笑った。
「無論、『荒野の兄弟』の砦までは行かぬ。また、そんな時間の余裕もない。だが、幸いバロードは大国だ。突っつくところは、幾らでもあるさ。おお、それに、卵が孵る時は、親鳥が外から突つくのに合わせて、同時に中から雛も突つく、というではないか」
ギータが驚いて「慎重にな」と釘を刺した。
「ゾイアはロムと会ったから、色々バロード国内の情報が入ったのかもしれんが、カルスやドーラを甘く見てはいかんぞ。あやつらは油断も隙も無い」
言ってしまってから、ギータはウルスラに「すまん」と詫びた。
ウルスラは「いいんです」と、やや硬い笑顔で応えた。
ゾイアも真顔に戻って頭を下げた。
「われこそ、先走ったことを言ってすまぬ。取り敢えず義勇軍の参加者をサイカに集め、情勢を見ながら改めて考えよう。いつ戦が始まってもおかしくないからな」
ゾイアの予想どおり、その時既に、バロード軍の一部が『荒野の兄弟』の砦を目指して進軍し始めていた。
その数、五千。
砦側の約倍であり、攻城軍としては然程多くはない。
人員構成は、ほぼ全員が蛮族であり、バロード人よりは山岳戦に長けているが、『荒野の兄弟』もそれは同じである。
しかし、脅威は別のところにあった。
所謂鉄の巨人が同行していたのである。
そしてまた、その軍を率いているのは、蛮族の者ではなかった。




