354 難民受け入れ
話は少し前後する。
商人の都サイカにて、ウルスが微熱を出し、ライナも早めに休んだ日の次の朝。
ウルスは、朝一番の龍馬の特別便でニノフへの返信を送った。
内容は、タロスを暁の女神に留めて軍を率いてもらいたいとのニノフの要望を快諾すると共に、逆にゾイアをサイカに残して義勇軍を募りたいというものである。
それが済むと、連日の疲れが出たのか、その日は、ウルスもライナも殆ど一日中寝て過ごした。
翌朝、早くもニノフの返事を乗せて龍馬が戻って来た。
ちょうど前日の夜遅く戻って来たゾイアたちも交えて、今後の対応を話し合おうと集まり始めたところであった。
いつもの会議室には、既にウルス、ゾイア、ツイムの三人が座っている。
「ライナはまだ寝ておるのか?」
自分も眠そうに目をこすりながら、部屋の入口でギータが男衆に尋ねたところ、「起きてるさ!」と声が聞こえた。
ライナは明らかに寝起きとわかる髪型で、いつもの長衣ではない部屋着を羽織って奥から姿を見せた。
その負けず嫌いを笑いながら、ギータは子供用の高椅子にチョコンと座る。
ライナが正面の席に着くのとほぼ同時に、「おっさん! なんでおいらも一緒に起こしてくれなかったんだよう!」という声がして、ロックが入って来た。
言われたゾイアは苦笑している。
「一応、声は掛けたのだがな。まあ、心配せずとも、ちょうど今、全員揃ったところだ。おまえも早く座ってくれ」
全員が着席すると、いつものようにギータが司会役として話を始めた。
「さて、各々の話を聞く前に、ニノフどのから返事が来たようじゃから、先にそれを聞かせてもらおう。ウルス、掻い摘んで説明してくれぬか?」
ウルスはちょっと困った顔になり、「上手く要約できなし、短い手紙だから、そのまま読んでいい?」と、逆に問うた。
「おお、いいとも」
ウルスは頷いて読み始めた。
略儀ながら、先ずはタロスどのの件のお礼を申し上げる。
ペテオどのも喜んでいる。
ゾイア将軍が独自に義勇軍を創られ、別動隊として援護してくださるというのも、願ってもないこと。
よろしくお伝えいただきたい。
さて、ウルス殿下のお手紙が届いた直後に、辺境からマーサ姫が来られた。
アーロン伯の名代ということで、北方の異変をお知らせくださった。
最近、日中でも極光が見え、辺境伯領の住民が怯えているとの噂は聞いていたが、それだけではなかった。
ご承知のとおり、北方は既に無人の地となっているが、その上空に大きな人の顔が浮かんだ。
それも、真っ直ぐ辺境を向いており、何か喋っていたという。
その巨大な顔は、鍔の広い帽子を被った目つきの鋭い男で、明らかにマオール人だった。
話に聞く東方魔道師の風体のようだ。
喋っている言葉もマオール語で、多少はわかるマリシ将軍も知らないような難しい単語ばかりで、詳しい内容はわからない。
但し、何らかの警告であることは間違いないらしい。
よって、辺境伯領の領民は云うに及ばず、周辺の遊牧民も含め、辺境の全住民を渡河させ中原に移民させて欲しいとのこと。
無論、抑々このエオスはそのための国造りをしているが、如何せん、われらの父カルス聖王は、虎視眈々とエオスを狙って大軍を集結させている。
しかも、エオスと同盟関係にある『荒野の兄弟』に難癖をつけ、開戦に持ち込もうと画策している。
今エオスに来るのは、兵士はともかく、一般市民には危険すぎる。
そこで、非戦闘員は全てスカンポ河の下流域から渡河させ、そのままサイカなどの自由都市に一時的に難民として受け入れていただきたい。
勿論、エオスが安全になるまでの間だけだ。
何卒、よろしくお願いする。
目を瞑って聞いていたギータが「成程のう」と唸って、目を開いた。
「北方の空に浮かんだ顔が誰かはわからんが、東方魔道師ということは、タンリンかその仲間であろうな。と、いうことは、やつらの幻術かもしれんがのう」
すると、手紙をテーブルに置いたウルスが顔を上下させ、瞳の色が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わった。
「違うわ。何故なのか理由はわからないけど、ただの幻術ではないわ。本当の危機よ。でも、まだ時間の余裕はあるのよ」
そう言い切るウルスラの顔を、ギータはクリッとした目で興味深そうに見ていた。
「わかった。おまえがそう言うなら、間違いなかろう。問題は、難民とやらが、どれくらいの人数になるか、じゃがのう」
元北方警備軍として多少辺境に詳しいツイムが、「恐らく、十万から二十万、だな」と言うと、ロックが「倍も違うよ!」と不満を漏らした。
ツイムは苦笑して、「遊牧民の人数がわからんからな」と弁解した。
ところが、ゾイアは笑顔で頷いた。
「二十万でもよいぞ」
「おっさん、無茶言うなよ!」
驚くロックに、ギータも「わしもゾイアに賛成じゃ」と横から口を挟んだ。
「義勇軍を募るために自由都市をいくつか回ったが、どこも人が足りないから無理だと言われたんじゃ。難民ではなく、働き手になってもらえばよい。『自由の風』のロムたちもそうじゃが、水が枯れた井戸を掘り返せば、蘇る廃市はまだまだあると思うぞ」




