351 聖王の責務
アルゴドラスは、白魔を最初に目醒めさせたのは自分であるとして、息子のカルスに経緯を説明をしていた。
凡そ二千年前、ダフィニア島が海中に没し、アルゴドラスは中原に渡った。
中原の制覇を目論むアルゴドラスは、邪魔をする可能性のある主知族の動きを探り、ノシス族が拠点としていた中原の中央、当時のイサニアを調べて驚くべき秘密を知る。
中原には元々高度な文明があったが、『天からの災厄』によって全て滅び、生き残った者がダフィニア島に渡ったのだという。
その『天からの災厄』とは、外の世界の巨大な乗り物が墜落して来たことが原因で、その一部は古代神殿として使われていた。
アルゴドラスは、そこにあった『魔道神の三種の利器』の内、機械魔神と、後に『アルゴドラスの聖剣』として知られる干渉機の二つを奪った。
報復を未然に防ぐため、そして、三つ目の利器である有翼獣神を手に入れるため、イサニアを滅ぼしたのである。
イサニアには既にケルビムはいなかったが、アルゴドラスは、外の世界の乗り物の本体が北の大海のどこかにあると知る。
北方に飛んだアルゴドラスは、金属製の超巨大な円盤状の構造物を発見した。
更に接近すると、巨大円盤の中央に開いた穴から、幾重にもズレた白い影のようなものが出て来た。
同時に、懐に入れていた聖剣が、異常な反応を示したのである。
息子カルスへのアルゴドラスの告白は続いた。
余は、突然小刻みな振動を感じ、空中浮遊したまま懐から聖剣を取り出した。
見ると、聖剣の鞘の部分にある見事な宝飾が明滅している。
その時、余の心の中に、言葉が伝わって来た。
……非位相者を発見しました。直ちに処理する必要があります。中和しますか? 中和する時間の余裕がない場合は、少なくとも一時停止を指示してください……
中原の言葉のようでもあり、そうでないようでもあり、それでも、意味するところはハッキリわかった。
余は、白い影に本能的な恐怖と嫌悪感を覚え、どれくらい時間が掛かるかわからなかったが、聖剣に「中和せよ!」と命じた。
聖剣はスーッと余の手を引くように前に出て、鞘の先が下を向いた。
……衝撃に備えてください。目標を捕捉しました。位相波を照射します……
目も眩むような光が聖剣から放たれ、白い影に当たった。
同時に、凄まじい衝撃が余を襲い、そのまま気を失った。
その後、どれくらいの時間が経ったのかわからぬが、余が意識を取り戻しても、まだ光の照射は続いていた。
それから少しずつだが、幾重にもズレていた影が重なって行き、一瞬だけ、人間のような姿が見えたが、すぐにそれも消えた。
……中和作業を終了します。尚、本体消滅後もウイルスは残りますので、現場に立ち寄らないようにしてください……
聖剣から出ていた光が徐々に弱まり、遂に消えた。
巨大円盤の中がどうなっているのか知りたかったが、少し高度を下げると、再び聖剣が細かく振動し、表面の宝飾が明滅した。
……警告します! 非位相病素を検知しました! 直ちに離れてください! ……
それがどのような危険なのか、その時にはわからなかったが、中原に戻った余は、北方を禁区に定め、立ち入ることを禁じた。
おお、そういえば、戻った時に日付を確かめたが、余は丸一昼夜気を失っていたらしい。
その後、北方に近い辺境やスカンポ河の東岸で、死者が動き出すという現象が頻繁に起きるようになり、日没前に必ず火葬するよう通達した。
これが警告された危険であり、焼却すればそれ以上の被害の拡大を防げるということは、無論、聖剣に教えられた。
尤も、中和がどの程度の期間有効かは聖剣にもわからず、已む無く、余は初めて時を渡ったのだ。
勿論、影響を最小限に留めるため、慎重を期した。
北方の中でも人口の少ない地域を選び、時を渡ったら、すぐに北へ飛んで、上空から円盤を観測し、元の場所に戻って、もう少し先の時代に行く、ということを繰り返した。
変化は思ったよりも早く、五百年後に起きた。
余は、時の聖王マルスの夢枕に立ち、聖剣の使い方を教えた。
歴代の聖王の中でも勇猛果敢で知られたマルスは、中和するだけでは安心できないと、北長城を造らせた。
更に北方警備軍を創設し、その後方支援のために辺境伯を任命した。
そして、北方に同じ異変が起きた場合に聖剣を持って立ち向かうことを聖王の責務と定め、子々孫々に相伝すると誓ったのだ。
白魔という呼称は、お抱えの魔道師に相談してマルスが付けたそうだ。
余は少しは安堵したものの、念のため、更に五百年先に飛んだ。
そして、失望した。
最後の聖王ボルスは覇気も責任感もない男で、余が亡霊の姿で散々脅して漸く北方へ行ったものの、余の血が薄まって聖剣を操る力が弱く、それを補うためにドゥルブに近づく意気地もないため、多数の犠牲を出してしまった。
その時には余も同じ聖剣を持っていたのだが、同時に使えば時間線に矛盾が生じると断られ、非常手段としてボルスの精神を乗っ取り、ドゥルブを中和した。
だが、ボルスはこの経験が余程辛かったのか、後に聖王の座を降りてしまった。
その五百年後には、最早聖王もおらず、余は矛盾を避けるため聖剣の複製である『アルゴドーラの魔剣』によって中和した。
聖剣よりも時間が掛かり、また多くの犠牲が出た。
余談だが、この時に受けた影響で、余の倫理観は大きく崩れたのだ。
さあ、そして現代だ。
聖王は、見事に復活した。
だが、聖王であるおまえの手には、聖剣はおろか魔剣すらない。
これでは、聖王としての責務は果たせぬ。
さあ、不肖な孫たちを倒し、聖剣を取り戻そうではないか!




