344 義勇軍(1)
商人の都サイカに到着したゾイアたちの一行は、ここで待っていたロックと合流し、女主人ライナの屋敷で薬草茶を飲みながら、今後のことを話し合うこととなった。
いつも使う会議室に集まると、長方形のテーブルの正面にライナが座り、左側にウルスとゾイア、右側にロックとツイム、手前側にギータが座った。尚、ウルスとギータは、例によって子供用の高椅子を使っている。
ライナの配下の男衆たちが、各自の席に置かれたカップにハーブティーを注いだ。
司会役は自然の流れでギータとなった。
ギータは、感慨深そうに話し始めた。
さて、こうして集まるのも包囲戦以来じゃが、あの時とは随分状況も変わったのう。
最初は有名無実であった『自由都市同盟』も、何とか形になりつつある。『自由の風』のロムたちも、井戸が枯れて廃墟となっていた都市を見事に復活させたそうじゃ。
そして、暁の女神のニノフ殿下の許には、元のバロード機動軍と、スカンポ河を越えてきた北方警備軍が合流し、『エオス大公国』の建国に向けて動いておる。
更に、ゲルヌ皇子の『神聖ガルマニア帝国』が形を成してくれば、互いに連携を図り、バロード聖王国とガルマニア帝国という東西両大国に対抗し得るじゃろう。
おお、それに、『プシュケー教団』という強力な後ろ盾もあるでな。
さて、喫緊の課題じゃが、包囲戦の失敗に懲りず、バロードは今度は西のニノフどのの方を攻めようとしておる。
わしらとしても、これを看過することはできん。
その対応を考えなければならんのじゃが、その前に、聞いて置きたいことがある。
ウルスよ、ニノフどのから手紙が来たようじゃが、差し障りなくば、内容を教えてもらえぬか?
予め質問されることを想定していたらしく、ウルスは澱みなく答えた。
「聞かれなければ、ぼくの方から言おうと思ってたよ。タロスが記憶を取り戻し、エオスにいるんだって」
思わず「おお」と感激の声を上げたのは、ゾイアであった。
「それは良かった。われのせいで二度までも記憶を失われ、心苦しかった。では、ウルスのところへ戻って来られるのだな?」
ウルスは少し微妙な表情になった。
「それが、ニノフ兄さまから、タロスに軍を率いて欲しいから、暫く借りたいんだって」
ゾイアが、グッと身を乗り出した。
「ほう。それはもしかして、われの帰りを待てぬ程事態が切迫している、ということか?」
ウルスは、「ちょっと待って」と告げ、懐から手紙を出して確認した。
「手紙には、不測の事態に備えて、って書いてあるから、そこまでじゃないと思うけど。ゾイアが戻ると伝えれば、タロスは返してくれるんじゃないかな?」
ゾイアは腕を組んで少し考えていたが、首を振った。
「いや、タロスどのが軍を率いてくれるなら、われが交代しなくても好いだろう」
ロックが「へへっ」と笑い出した。
「おっさん、何拗ねてんだよ! ニノフがタロスに頼んだのは、おっさんがいつ帰って来るかわかんねえからだよ。おっさんが戻るってわかりゃ、言葉は悪いけど、タロスはお払い箱さ。いくら剣術が達者でも、タロスは軍の統率は未経験のはずだからな」
ゾイアは苦笑した。
「違うぞ、ロック。われは嫉妬などしてはおらぬ。面倒に巻き込んで、申し訳ないとは思うがな。それに、われはタロスどのには将才があると見ている。これまでの行動は、その時点での最適の途を選んでおられる。兵法の極意とは、結局、無駄な用兵をせぬことだからな。従って、タロスどのにはそのまま軍を預かっていただき、われは別行動を採った方が好いと思うのだ」
これには、ライナが異を唱えた。
「それは違うんじゃないかい? まあ、わたしに、将軍としての器量の有る無しなんて、よくわかんないけどさ。たとえ、タロスにあんた並みの才能があったとしても、所詮、普通の人間じゃないか。包囲戦の時はドタバタしててよく見れなかったけど、獣人になったあんたの戦力は、一人で千人力ぐらいあるだろう?」
ハッとしたように、ギータがゾイアの顔を見た。
しかし、ゾイアは動揺することなく、微笑んでいる。
「最初に言うべきであったな。われは今、一切変身できない。髪の毛一本伸ばすことすら不可能だ。よって、個人的な戦力としてはタロスどのと大した差はない。まあ、精々百人力ぐらいだろう。で、あれば、入れ替わることに意味はなく、他に役立つことをすべきだと思う」
変身しなくても百人に匹敵すると聞いても、誰も笑わない。
いや、ずっと黙っていたツイムが、ニヤリと笑って尋ねた。
「それは、ゾイア将軍は別動隊を率いて横槍を入れる、ってことですね?」
ゾイアも笑って答えた。
「そうだ。ここで義勇軍を募って、側面からニノフどのを支援したいと考えている。主体となる戦力は、ロムどのに協力してもらうつもりだ」
ギータも頷いた。
「勿論、『自由都市同盟』の各都市にもわしが声を掛けよう。北方警備軍には包囲戦で助けてもらった。無理のない程度には、恩返しせねばならん」
ゾイアは笑って念を押した。
「本当に無理はさせないでくれ。特に、このサイカは、まだ包囲戦の痛手から回復しておらんからな」
ライナが、少し目を潤ませて立ち上がり、後ろに回り込んでゾイアの肩を抱いた。
「ありがとう。でも、サイカは商人の街だよ。戦力は出せなくても兵站は任せな。水でも食糧でも、好きなだけ送ってやるよ、未来の婿どのに」
そう言いながら、後ろからゾイアの頬に口づけした。
耳まで真っ赤になったゾイアを見て、その場の全員が笑い出した。
ゾイア本人も。
一方、義勇軍的な動きは、遥か南方でも始まっていた。
「なんで、あたいが、こんな森の赤毛猿みたいなやつに、操船を教えなきゃなんないんだよ!」
カリオテの大公宮で、日に焼けた浅黒い顔をして、長い黒髪を後ろで一つに縛った若い娘が叫んでいた。
海賊『ラカム水軍』の若き女首領、ミラである。
その横には、ボサボサの赤い髪を一纏めに縛り、動物の毛皮を繋いだ珍妙な服を着た、同じように日に焼けた若者が、ニヤニヤ笑いながら立っていた。




