343 白い影
ガルマニアの帝都ゲオグストに旅の舞姫ドランとして現れたドーラは、その美貌と話術で皇帝ゲルカッツェに接近し、お気に入りの美女軍団の首座になっていた。
ドーラの変身したドランを、バロードの間者であろうと見抜いて罠を仕掛けた東方魔道師のタンリンは、逆に返り討ちに遭い、ドーラの『魔の球』によって強制的に転送されてしまう。
使い手のドーラでさえその転送先はわからないというが、タンリンが飛ばされたのは北方の外れにある森の中であった。
襲い来る腐死者から逃れるため、空中浮遊したタンリンは極光に興味を惹かれ、更に北へ向かった。
その北の最果ての凍った海で、タンリンは金属製の超巨大な円盤状の構造物を発見したのである。
タンリンは慎重に飛行しながら、徐々に近づき、鋭い目つきでそれを観察した。
表面の大部分を雪や氷が覆っているが、露出している金属の部分は燻んだ紅色で、錆や曇りもなく、磨き立てのような鮮やかな光沢を保っている。
「見たことのない金属だな。一見、銅のようにも見えるが明らかに違う。うーむ、確か古い書物にあったオリカルクムという超合金ではあるまいか」
異常な興奮と不安からか、タンリンは思ったことを全て口にしている。
「どう見ても斜めに突き刺さっているようだな。と、いうことは、上から落ちて来たのか?」
これが完全に円盤状であるとすれば、タンリンから見て右上から突っ込んで来て、左側半分が海中に没していることになる。
タンリンは、抜けるような青空を見上げ、首を振った。
「そんな馬鹿な! こんな巨大なものが空を飛ぶ訳がない。だが、それならどうして、こんな氷の海の上にあるんだ? 座礁した船なのか?」
タンリンは改めて円盤状の物体を見て、首を傾げた。
船には見えないのであろう。
「もう少し近づいてみるか」
高度を上げながら左側に回り込み、斜めに見えている円盤の上の面を観察した。
表面に構造物らしいものはなく、全体的にツルリとしているが、中央の部分にポッカリ開いた丸い穴が見えた。
「ほう。あれは何だ? 出入口にしては大きすぎるな。元々そこにあったものが、何らかの衝撃で外れたのかもしれん。と、いうことは、やはり落ちて来たのだろうか?」
タンリンは、帽子の鍔を少し上げて、もう一度空を見た。
この巨大な円盤が飛んでいるところを想像しようとしたのだろうが、諦めたように首を振った。
「空を飛ぶには理気力が必要なはずだ。こんな巨大なものを飛ばせる程のロゴスなど、ん? あれは何だ?」
タンリンが下を見ると、巨大円盤の中央に開いた穴から、幾重にもズレた白い影のようなものが出て来ようとしていた。
同じ頃、漸くサイカに到着したゾイアたちの一行を、意外な人物が出迎えた。
「おっさん、おいらにも活躍の場を残してくれよって、言っただろう!」
不満げに口を尖らせたのは、無論、ロックである。
「おお、すまん。あまりにも急転直下で解決したのでな」
そう答えるゾイアは、昨夜までの悩みを忘れたように、晴れ晴れとした顔をしている。
それが一層、ロックの癪に障るようであった。
「あの後、ギータと太っちょ東方魔導師が乗って来た龍馬が熱を出して、大変だったんだぜ。やっと持ち直したから、取り敢えずサイカに寄ってからと思ってたら、誘拐されたはずのゲルヌのガキが『神聖ガルマニア帝国』宣言とやらをぶちかましやがって。何が何やらわかんねえから、ここで情報を集めようとライナの姐さんに聞いたら、おっさんたちはもうすぐ戻るから待てばいいってさ。いったい、どうなってんだよ!」
頭ごなしにロックに叱られるのが何故か嬉しいらしく、ずっとニコニコしているゾイアの代わりに、ギータやツイムがロックを宥め、一先ず全員でライナの屋敷に向かった。
ゾイアたちの顔を見るなり、普段は男勝りのライナが目を潤ませた。
「良かったよ、みんな無事で! って言うか、こっちは大変だったんだよ! みんないなくなって、わたし一人で何もかも! まあ、それは、いいけどさ。で、ゲルヌの坊やは、やっぱり戻っちゃ来ないのかい?」
これには、真っ先にギータが頭を下げた。
「すまん。手紙でもザッと書いたが、誘拐事件は解決したものの、今後の危険を避けるため、ゲルヌは暫く身を隠すそうじゃ。まったく、大きな国というものは、東も西も」
傍にウルスがいることを思い出したのか、ギータはそれ以上言うのを控えた。
ライナは目を拭うと笑顔になり、「さあさ、とにかくみんな上がっておくれ!」と声を掛けたが、「あっ、そうそう」と懐から何か取り出した。
「手紙といえば、ウルスの坊や宛に一通来てるよ」
「えっ、ぼくに?」
ウルスは、反射的に母国の父からと思ったようで、少し嫌そうな顔になった。
が、ライナは笑って手を振った。
「心配しなくていいよ。差出人は、あんたの兄ちゃんだよ」
「兄? ああ、ニノフ兄さまだね」
ニノフはウルスの庶兄だが、ずっと身分を隠していたため、まだ兄弟として会ったことはない。
世継ぎの王子であるウルスの顔は当然ニノフも知っているであろうが、ウルスの方はニノフの顔も知らない。
それでも、共に自分たちの非道な父を相手に戦う仲間として、ウルスはニノフを尊敬しているようだ。
「一度、お会いしたいなあ。あ、それで、手紙には、なんて書いてあるの?」
ライナは苦笑して、手紙をウルスに渡した。
「やだよ、読んでなんかいないさ。座ってゆっくり読みな。さあさ、みんなもいつもの会議室へ行っとくれ。薬草茶でも用意するからさ」




