341 コギト・エルゴ・スム
ゾイアそっくりの、というのは実は逆なのだが、タロスが暁の女神の砦で一軍を率いると決まり、喜んだのは北方警備軍の出身者だけではなかった。
残りの半分を占める元の機動軍はバロードの傭兵部隊が母体だから、ウルス王子付きの従者タロスの剣豪ぶりの噂を知らぬ者はいなかった。
カルボン卿の謀叛の際、ウルス王子が逃げ延びることができたのは、タロスの剣の力があればこそであった。
勿論、個人技の強さと、将としての才能は別物ではある。
それでも、母国出身の勇者が指揮を執るというだけでも、皆奮い立った。
「そうなると、タロス軍の編成は北方警備軍と機動軍の混成がいいのかな?」
早手回しにそんな意見を述べたのは、ニノフの副将であるボローであった。
砦の幹部全体で会議をする前に下打ち合わせをしたいからと、ニノフの執務室を訪ねて来たのである。
一見優男のニノフと違い、ごつい体つきで黒々とした髭と胸元の毛が繋がったようなボローでは、知らぬ者から見ればボローの方が強そうなのだが、剣の技でも軍略でも、到底ニノフには及ばない。
それどころか、ボローは上官としてのニノフに心酔している。
しかも、ボローが戦場で重傷を負い、生死を彷徨った時には、両性族であるニノフの女性形、ニーナの癒しの力によって生命を救われている。
ボローにとってニノフは上官以上の存在であり、全面的に信頼している相手である。
いつもなら自分から意見など言わず、ニノフの指示どおりに動くだけであった。
しかし、今回は相手が母国のバロードであり、敵の首魁が実の父親のカルスであるため、ニノフに迷いがあるのではないかと心配して、様子を見に来たのであろう。
ニノフもその空気を察して苦笑した。
「それは全体の軍略が決まらねば、何とも言えぬな。ボローよ、心配せずともよいぞ。おれに躊躇いはない。父から王位継承権剥奪の通達があった時から、いずれこういう日が来ると覚悟していた。ゾイア将軍がよく言われていたが、『襲い来る敵は斃すのみ』さ。たとえ、相手が誰であってもな」
ボローも少し安心した顔になった。
「ならば、好い。おれの意見は忘れてくれ」
「忘れぬさ。いい考えだと思うぞ。全体会議で、もう一回言ってくれ」
二人は談笑しながら、会議室の方へ向かった。
ところが、ニノフが手本としたゾイアは、斃すことのできない敵に悩まされていた。
「やはり、眠れぬのか?」
ギータに声を掛けられて、ゾイアはハッとした。
エイサからサイカへ戻る途中、野宿のため天幕を張り、ウルスやツイムと共に休んでいたのだが、ゾイアはどうしても眠れないようで、一人抜け出して焚火をしていたのである。
「すまん。そっと出たつもりであったが、起こしてしまったか?」
ギータはゾイアの横にちょこんと座り、一緒に焚火に当たりながら、フフンと笑う。
「おぬしの図体はでかいからのう。いやでも気づくわい。それより、ここ何日か眠れておらぬようじゃが、大丈夫なのか?」
ゾイアは、珍しく自嘲気味に笑った。
「エイサを出てからずっとだ。無理にでも寝ようと目を瞑るのだが、ちょっと眠ると悪夢に魘されて目が醒める」
「ほう。どんな悪夢じゃ?」
「それがよく思い出せん。幾重にもズレた白い影のようなものが襲って来るのだが、ハッキリとは見えんのだ」
ギータの顔色が変わった。
「むう、それは、口に出せぬある存在を思い起させるのう。おぬしに何らかの因縁があるやも知れぬな」
「それは、ドゥ、ああ、いや、よそう。しかし、それはそれとして、眠れぬ理由は別にある」
ギータは明らかにホッとしたように尋ねた。
「おお、それは何じゃ?」
ゾイアは言うべきか迷っているようであったが、自分に言い聞かせるように頷いてから、ギータに告げた。
「われ自身のことだ」
「おぬし自身、とは?」
尋ねるギータの方が何となく答えをわかっている様子なのに、ゾイアは上手く言葉にできぬらしく、もどかしそうに口を何度か開きかけては閉じる。
が、フーッと息を吐くと、おもむろに話し始めた。
われが最初に、スカンポ河の畔で闘っている自分に気づいてから、凡そ一年になる。
目の前に敵がおり、どうやって斃せばいいのか、考える間もなく身体が動いていた。
それからも、次々に運命の変転が続き、いつの間にか皆から将軍と呼ばれるようになった。
その間、悩んだり、迷ったりしたことは、殆どない。
常に為すべきことはハッキリしており、それができる自信もあったし、実際にもできたのだ。
それが最初に揺らいだのは、ヤナンで記憶と変身を封じられ、バポロに騙されて暗黒都市マオロンに連れて行かれた時だ。
擬闘士として闘いながら、ずっと違和感を感じていた。
尤も、闘うことそれ自体は楽しく、リゲスに八百長を持ち掛けられなかったら、あのまま続けていたかもしれぬくらいだ。
その後、クジュケどのに救い出されたが、何故か異形の姿となり、タロスどののお陰でこの姿に戻れた。
ああ、そのために、今度はタロスどのが記憶を失くされたのだった。
今はどうされているであろうか。
だが、その一方、われ自身は以前にも増して変身能力が高まり、自在に身体を変形できるようになっていた。
それが、ゲルヌ皇子を救いに行ったエイサで、突然できなくなった。
理由はわからないが、会議中にプッツリ記憶が途切れたのは覚えている。
おお、そうか。獣人に変身して暴れたのか。それはすまなかった。
その後、変身できないことに気づいた。
それは、まあ、仕方ないと思っている。
その時も言ったと思うが、どうして変身できるのかもわからんのだからな。
しかし、それからなのだ。
今まで考えたこともなかった疑問が頭に浮かび、消えないのだ。
消えないどころか、益々大きくなって、他のことが考えられないくらいだ。
われは、いったい何者なのだろうか?




